第2幕

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「やはり、若い俺達が行くには銀座だね」  玉城さまはわたくしの手を握りながら繁華街へと繰り出した。  昨年の震災で半壊した街は、踏まれても踏まれてもなお立ち上がる麦のように復興されている。いや、震災前に比べて建物はより大きく、店もより豪華に発展している。  銀座は若者の街だ。そこここに百貨店が店を構えている。人の往来が激しい。和装の女性から、サラリーマン風の洋装をした若者が足早に歩いている。  セーラー服の女の子が3人、半ば道を塞ぐようにおしゃべりをしている。 「あらわさん、この子達は君と同じ高等女学校の生徒みたいだね」 「ええ。ここ10年くらいで高等女学校と制服の種類は増えましたから。わたくしも一度、セーラー服を着てみたかったわ」 「何ならそこの百貨店で買ってあげようか」 「そんな、わたくしには似合いませんわ」  玉城さまは笑いながら話しかける。 「それにしてもすごい人混みだね。少しカフェーにでも行って涼もうか」 「はい。暑い日ですしね」  空の太陽より、玉城さまの言の葉の方がわたくしの頬を紅に染める感覚がするのはどうしてかしら。  玉城さまはわたくしをエスコートして一本裏路地に入った。そこには赤レンガ造りの、隠れ家のようなカフェーがひっそりと営業していた。  若い女給さんに瀟洒(しょうしゃ)なテーブルに案内してもらう。白いエプロンがまぶしい。わたくしと玉城さまは向かい合うように椅子に腰かけた。 「冷たいコーヒーとライスカレーを」  玉城さまは慣れた口調で注文する。 「君は?」 「あの、同じものを」  わたくしは深く考えることができなくて、思わず即答してしまった。 「少々お待ち下さい」  女給さんが一礼して、厨房に戻ってゆく。 「ここ、俺の隠れ家なんだ。いい店だろ。それに、女給さんがいる。無理やり家庭に入ることなく、自由に生きる新しい女性。俺には興味深いな」 「それではわたくしは古い女性なのかしら」女給さんに嫉妬して、意地悪な言葉を投げかけてみた。 「いや、そんな意味じゃ、」  玉城さまがあたふたした。 「その、俺とあらわさんは、そりゃ、親同士が決めた許嫁ではあるけれど、お互い好き合っているし、俺が大学を、あらわさんが高等女学校を卒業したら結婚。俺は早くあらわさんの手料理を食べたいよ。うん、カフェーの料理よりずっといい」 「ご期待に応えられるよう、家政の科目は『優』を目指しますわ」  わたくしと玉城さまは一緒に笑った。  続いて話は文学に移る。  わたくしは雑誌『少女界』の話をした。立派な大学生の玉城さまには退屈な本かもしれないけれど、一番の愛読書なのだ。 「吉田信子先生って有名な方がいらしてね、高等女学校入学のわずか12歳でデビューしたの。『鳴らずの太鼓』では受賞しているのよ」 「へえ、すごいね。俺も応募してみようかな」 「きっと、大型新人としてデビューできますわ」
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