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第3幕
バスの乗務員も女性が増えたなと思いながら映り行く景色を眺める。晴天だ。大震災で見る影もなく壊滅した帝都は、徐々に再開発が始まっている。人間の生きる力は素晴らしいわと感嘆する。
女性乗務員は所謂新しい女だ。
もう解散してしまったけれど、平塚らいてうの組織した青鞜社が現存していたら拍手をしていたのかもしれない。
平塚女史の『元始、女性は太陽であった』という一文は、けだし名言だ。
そんなことをぼんやりと考えていると、バスはあっという間に日本橋に着いた。
竹久夢二直営の『港屋草紙店』は目の前にあった。三々五々、買い物客が集まっている。女性の集団が多い。わたくしと同じように、美しいもの、かわいいものが好きなのだろう。心が弾む。
「何でも買ってやるよ」
と玉城さまが大きな財布を見せつける。
「まあ、わたくし、この店を買い取って欲しい、と申し上げるかもしれなくてよ」
わたくしが冗談を言うと、
「家督を継いだら商売を拡大して、君の望みを叶えてやるよ」
と不敵に笑った。
「わたくしの負けですわ。一本とられました。お店の買い取りはおやめになって。集まっている女の子たちが夢二作品を購入できないのは可哀そうですわ」
「はは、それもそうだな」
『港屋草紙店』は落ち着いた雰囲気の店舗だった。しかし客層が、熱気がすごい。わたくしは額から流れる汗を、玉城さまに気取られぬよう手ぬぐいで拭いた。
千代紙、絵封筒、半襟、書籍に人形が並ぶ。
どれも夢二先生が手掛けた逸品だ。美しい少女がそこここに描かれ、あるいは人形となって販売されている。
わたくしは陳列棚に駆け寄って、美麗な販売物を眺める。どれにしようかしら。目移りしてしまう。
どの品も、美しい細身の少女が描かれている。同性のわたくしから見てもはっ、とするほど綺麗だ。もしかして絵に恋人を奪われた男性もいるのではないかと思う。
わたくしは濃紺の服を着た少女が描かれたお札のような小さな絵を購入した。高等女学校の制服によく似ている。これは役に立つと考え、会計に並んだ。
「あらわさん、これ、きっと似合うよ。俺からのプレゼントだ」
玉城さまが横から手を出した。手のひらには黄色く、透明な髪飾りが光っていた。わたくしはおずおずと受け取る。万華鏡のような模様が彫られている。
「まあ、これはべっ甲じゃない。こんな高いもの、頂けないわ」
「店を全部欲しいと言ったのは君だよ」
「そ、それもそうね」
冗談だけれど、確かに口にした。
玉城さまは大店の息子だ。これくらいのものを買うのは金銭的には造作もないのだろう。
「未来の嫁の装身具としてはちょうどいい」
そう言いながら、べっ甲の髪飾りをわたくしに着ける。
「恥ずかしいわ」
衆目の中である。わたくしは髪を整えてきたのかが気になった。玉城さまの指が頭に当たり、くすぐったい。
薄赤い黄色の髪飾りを差してもらったところで、わたくしと玉城さまは港屋草紙店を出た。
「まだ日は高いな。どこか行きたいところはあるかい?」
玉城さまが空を見上げる。
「ええ。あるわ」
「どこでもいいよ」
「それなら、活動写真館に」
わたくしのお願いに、玉城さまは楽し気に微笑した。
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