終幕

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終幕

 俺は長い夢を見ていたようだ。  俺は、玉城進一郎はゆっくりと目に貼り付けられたお札を取った。電灯のほの暗い中見つめると、竹久夢二の美人画が描かれている。  彼女はもういない。地面に目をやっても、足跡すら残っていない。  そうだ、許嫁の山際あらわは関東大震災で亡くなった。倒壊したビルの下敷きになって。  俺はその事実を受け入れられなかった。あらわさんは快活さと優しさを兼ね備えた少女。結婚を楽しみに大学生活を送っていた。  現実逃避して、彼女の葬儀にも顔を出さなかった。思えば向こうの家に大変失礼なことをした。  手に握ったお札を見る。  あの女優志望の娘は許嫁を演じるという酔狂によく付き合ってくれた。 「睦言を語り明かさん人もがな 憂き世の夢も半ば覚むやと」 (甘い会話ができる相手がほしい この辛い現実も少し忘れられるだろう)  と和歌を諳んじながら歩いていた時、偶然知り合った。  高等女学校の学生服を着せるという変態的な趣味にも嫌な顔ひとつせずつき合ってくれた。  今夜、その彼女がが埋葬されている墓地に引き込んでくれた。そして「現実を見ろ」と大声を発した。  もう夢も醒め頃だ。  そうだ、山際あらわ嬢の墓前に行こう。  線香の匂いが充満する墓地を歩く。 『山際家乃墓』。  黒い御影石の墓前に一年かけてやっと立つことができた。  菊がそなえられている。  俺は花も線香も用意していなかった。  彼女も生前、竹久夢二に夢中だった。だからこんなものでも少しは喜んでくれるだろうかと目に貼り付けられたお札をお墓にそっと置いた。  目を閉じ、冥福を祈る。  祈りが終わると、やっと憑き物が落ちたような気がした。  あの女優志望の少女は、きっと活動写真で活躍するだろう。こんなに俺の許嫁を上手く演じたのだから。これからは、それを楽しみに生きていこう。  そして俺は、大店の息子を演じよう。  従業員の先頭に立つ人物になろうと墓前に誓った。                                 完
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