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「いつまで隠れてるんだ?」
廊下に出て両手で顔を覆ったまま、こっそりと前方を確認。
指の隙間から見えたのは不思議そうにしているクラスメイトの顔。
こんなに壁を作っても、まだ恥ずかしさは消えてくれない……。
「盗み聞きなんてひどいよ」
わたしの必死の抗議に浅風くんはほんの一瞬だけ動きを止めた。
ポンっとわざとらしく目の前で手を叩く。
「照れてるのか」
「今更っ⁉︎」
「天狗は耳がいいからな。気にするな」
「開き直ってる!」
ぜんぜん会話が成立してないし、浅風くんはさっきからずっと笑ってばっかりいる。
これってわたしの反応を見て楽しんでるよね?
ひどい。ひどすぎる……!
足取りが重くすっかり元気をなくしたわたし。
追い越されて、置いてけぼりになって、気がつけば早足で彼の背中を追っていた。
浅風くんには聞かれたくなかったなぁ……。
沈んだため息をこっそり吐きながら、「ん?」と何かが頭の奥で引っかかる。
どこかおかしい気がするけど、なんだろう。
首を捻ってみたところで答えが出てこない。
最初の目的地がだんだん近づいてきて、ついにはギブアップした。
靴箱ですぐに上履きを脱いで、外靴に履き替える。
タイミングを見計らったようにブブッとスマホが動いた。
護身用として買ってもらったもので、家族との連絡でしか使ったことがない。
ディスプレイには見慣れた表示名で『お兄ちゃん』と出ている。
今の今まですっかり忘れていた。
部活がない日はお兄ちゃんが迎えに来るんだ。
そうなったら、この計画は終わり。
せっかくの勇気も消えてなくなってしまう……。
「どうした?」
すでに準備を終えた浅風くんは不思議そうにこちらを見ている。
言おうか迷って、やっぱり隠すのは無理だと判断したわたしは人の見えない場所に変えてから状況を説明した。
大の心配性である家族のことは伝えずに、それっぽく仲良し兄妹の話をする。
浅風くんはあごに手を当てながら、信じてくれたかどうか分からない微妙な表情で何かを考えている様子。
「……その兄も退治屋なのだろう?」
「うん。わたしが妖怪に会うと知ったら、絶対に家に連れ戻されちゃう」
「絶対に、か。ならば、隠すしかないな」
「嘘をつくってこと?」
兄に隠し事なんてしたことがないわたしは、ぞっとした。
バレたときのことを考えると怖いし、自分がちゃんと最後まで嘘をつき通せるのか心配でもある。
「いや、その必要はない」
わたしの不安を遮るように彼が微笑む。
「友達の家にいると言えばいい」
「……でも」
それって嘘をつくことにならないの?
「気にするな。これから、友達に会いに行く。そう思えばいいのだから」
彼の言葉に、すっと心が軽くなっていく。
普段あんまり話したことないクラスの男の子が頭をよぎる。
助けに向かおうとしている今、わたしにできる最大限でがんばるんだ。
緊張で指が震える中、隣で見守ってくれる浅風くんを感じながら一生懸命に考えた文章を打つ。
最初に「ごめんなさい」の言葉。
晩ご飯の時間までは戻ることを約束する。
ひと仕事を終えて、ふぅーっと息を吐く。
いつ返事が来てもいいように、スマホを握りしめる。
それから1分もしない内に「何かあったらすぐに迎えに行くから連絡しろ」とだけ返ってきた。
思ってたよりも大事にならなくて拍子抜けしてしまう。
まだ明るい外を二人並んで歩く。
隣にいる彼の横顔を見つめながら、大丈夫と自分に言い聞かせる。
兄のようにはなれないかもしれない。
足手まといになるだけかも。
でも……。
もしひとりだったら行動に移せていなかったと思う。
そして、ずっと後悔することになっていたはず。
ふいに彼と目が合う。
「そう心配するな。俺だけでも十分に戦える」
「……わっ、わたしにだってできるよっ!」
「ほう。そいつは見ものだな」
天狗がゆっくりとわたしに向かって笑いかける。
すとんと胸に落ちる心地よさ。
どことなく懐かしい感じがする。
変に落ち着くというか気が緩むというか。
一緒にいると、頭がぼうっとしてくる。
……こっ、これってもしかして、妖術⁉︎
ハッとして我にかえる。
距離を取ろうと動くよりも先に、前方を歩いていた彼の背中とぶつかった。
「いたっ!」
おでこに激痛。
赤くなってそうなところに手を置いて何度もさすって痛みをしずめる。
「ここだな」
五十嵐くんの描いたミニサイズの地図の終着地。
浅風くんは持っていた紙切れを小さく折りたたむ。
表札に書かれた文字を見てもここで間違いなさそう。
二人で顔を見合わせ、せーのでインターフォンを鳴らす。
しーんと静まり返る。
もう一度押してみたけど反応がない。
「留守なのかな」
わたしの独り言に近い問いかけに、浅風くんがすぐに答える。
「いや。いるな」
上方向を見つめ、二階の窓に焦点を当てる。
クラスメイトがいそうな部屋の白いカーテンがゆらゆらと風に流され揺れていた。
外出なら見られない光景。
窓が開いているのを確認して、作戦を練る。
「俺が風で飛ばすから、窓を叩いて呼べ」
ぶんぶんぶんぶん
激しく首を横に振って断固拒否。
「無理っ!高い所はダメなの」
「……つまらないな。天狗泣かせもいいところ」
ぐぬぬっ
そんなしょんぼりしたって無理なものは無理だし。
「別にわたし一人で飛ばなくても行けるもん!」
いい案があるわけでもないのに、自信ありげに言ってみる。
「そうか。なら、奥の手を使おう」
わたしのセリフに乗っかって、天狗は早々と次の手段に出た。
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