アシカ日和

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アシカ日和

帰りの道中、遊び疲れたサトルは後部座席の チャイルドシートで、眠ってしまいました。 寝言で、「ママ、アシカ、コウイ‥‥」と 呟きました。 語尾は、(わず)かに不明瞭です。 「コワイ」かもしれません。 最近、小耳に挟んだ情報ですが、 勝負師は、タイミングが命だと言いますよね。 だとしたら今です、 マミは思い切って勝負に出ました。 「もう(笑)サトルったらすっかりコウイチに 懐いちゃったみたいね、今日は念願の水族館に 連れてってくれてありがとう、楽しかったぁ。 てか結局、子連れデートで、ごめんね」と、 しおらしく振る舞ってみます。 「なんだよ、改まって。俺、子供が好きだから 大丈夫だよ」と、安定の返しが来ました。 「そう言ってくれるだけで嬉しい。 マミ、そういう優しいコウイチが 誰よりも好きなの。 サトルもコウイチ好き、今度いつ来るのって、 いつも言ってるよ」 「誰よりも」と「いつも」のワードに、 言霊になぁれとばかり、念を込めました。 重い沈黙が、中古の4WDの車内に充満しました。 やはりまだ時期尚早だったかと、それとない 軌道修正の手段を模索しかけたところ、 コウイチがいつもより ちょっと上擦(うわず)った声で言いました。 「そうだ、今度の休み、俺の実家へ行こうよ。 お袋も親父も、マミとサトルに 一度会わせてくれって言っててさ、」。 その後も、なんだかんだと、親父のしくじり話まで こちらが聴いてもいないことを色々とコウイチは、 (しゃべ)くっていますが、どうやらマミは、 この勝負をモノにしたみたいです。 普段、落ち着きだけが魅力のコウイチの、 落ち着きを失くした態度にも、ギャップ萌えからの 2倍ポイントを付与したマミです。 計らずも本日、故旦那(コダン)ユウジへの 面通しも実現しました。 「コウイチっ、大好きだよーん」と、 赤信号になるまで、マミはキス待ち顔を維持して 待ちます。 次の次の次の信号でようやく、待ち顔から 解放されるべく、コウイチがそっと 後部座席を確認しますと、なんとも微妙なのです。 「サトルはね、薄目を開けて寝る子なの」。              了
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