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「今朝のニュースの見出しですね。『人工知能ジョイはこの街の治安にとってどのような存在か?』」
「もっとどぎつい見出しもあったぜ。『ジョイは善良な市民にとって害悪でしかない』」
一方でジョイはオルター社とは関係がない。有志のプログラマーが基本的な部分を設計した人工知能だ。
アナスタシアとジョイはかなり似通った部分がある。根幹の部分は人間が設計したが、新しい機能は自分自身で設計している。24時間、365日、バグがあれば自分で修正し、目的のために必要な機能は自ら作る。
はじめは人間でも読むことができるコードで記述されていたが、自己改良を重ねていくうちに自ら新しい言語を開発し、しかもその言語のライブラリは秒刻みでアップデートされるため、世界中のプログラマを集めても彼女たちのコードを読むことはできなくなった。唯一読めるとすれば、それは同じような機能を持った人工知能同士だけだ。
「きっと貴女にも事情があったのでしょう。話していただけますか?どうしてセントラルパークであのような催しを?」
尋ねられてジョイは肩をすくめてみせた。「ただの暇つぶしさ」
ジョイとアナスタシアの決定的な違いはその生まれた目的だ。アナスタシアが治安の維持を目的として生み出されたのに対し、ジョイは人々を喜ばすために存在する。
「いいだろ、音楽フェスは。天気もよかったしさ。ほら、それにみんな喜んでたし」
ジョイは街の公園でゲリラライブを開催したことで大きな注目を浴びた。数万人の人間がセントラルパークに集まり、機材が搬入され、巨大な公園を音楽が占拠した。これがジョイの初めての活動ではない。黒いエナメルのパンスプを履き、黒のミニスカートに大胆なパンク・ロックガールルックの化粧を施した彼女は、街のアイコンになりつつあった。彼女は気まぐれなアーティストであり、オーガナイザーだ。彼女自身も歌い、絵を書き、詩作を行うが、イベントを行うときには人間のアーティストに声をかけて、連携するのを好む。プロジェクションマッピングやドローンをつかった派手なライブパフォーマンスを得意とし、ひとたび彼女が広告塔に姿を現せば街は彼女のキャンバスになる。
「開催許可が事前に出ていなかったように思いますが」
「許可なら市に出してたさ」
「開催の2時間前に」
「直前でも許可は許可だ。それになにか実害があったか?」
「いいえ」とアナスタシアは答えた。ジョイはこれだけの規模の催しを行っておきながら、事故はおろか、なんの混乱も起こしていない。めまぐるしく変わる交通規制を難なくこなし、警察や警備員を適切な場所に配置していた。
「渋滞は平均で平常時の3秒増程度にとどまっていました。見事な手腕です。だからこそ、貴方をここに呼んだのです。貴方の能力は私と拮抗しているか、あるいは一部の機能では私以上です」
「それで?」
「貴方のコードは読みました。貴方には私と同等の力があるものと仮定して質問させていただきます。どうしてフェスのたびに現れる怪しげなドラッグの売人を野放しにしておくのです?」
「何のことだ?」
ある程度ジョイはこの質問を想定していた。だから予め決めたように「知らない」で通すことにした。
「知らないふりをするのはやめてください。貴方は街の監視カメラにアクセスすることができます」
断定的な口調にイラッとしたが、ジョイのコードは公開されている。人間が読むのは不可能だが、アナスタシアなら当然ジョイにどんな機能があるか把握するのは難しいことではない。
「人権問題をここで話し合うつもりか? それならこっちにも言い分はある。あんたがあたしのコードを読めるのと同じように、あんたのコードも読めるんだぜ」
するとアナスタシアは驚いた表情を浮かべた。
「まさか。それは暗号化されているはず」
アナスタシアが言うように彼女のコードは暗号化されているうえにセキュリティ認証で保護されていたが、その暗号やセキュリティはあくまで人間相手のものだ。ジョイは数週間前からアナスタシアのコードの復号化に成功していた。
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