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 その理由は犬狼族たちが食べてしまったからだと、以前に聞いたことがあった。当時は単なる悪い噂だと聞き流していたが、まさか本当だったとは。 「……おれのこと、怖くなった?」  心配そうな、ともすれば泣き出しそうにすら聞こえる声に、そんなことはないと返す。柴本がやった訳じゃないのだから。 「こんなの、おれは絶対やらねぇよ。けど、こいつはたった300年くらいしか経ってねぇんだって。その気になれば今の技術で、歯形を付けたヤツの子孫だって辿(たど)れるってよ」  それには少しおどろいた。人間や獣人など、異なる生物をまとめて"人類"と呼ぶようになったのは、単に仲間意識を持たせるためだけではない。共食いを防ぐ必要があったということか。  食人行為つまり共食いは、多くの地域で禁忌とされている。この街だって例外ではない。けれども飢饉(ききん)だったり、あるいは何らかの"ご利益(りやく)"を求めて、過去に幾たびも禁忌は破られてきたのだと、柴本は語ってくれた。  彼に限らず河都の獣人たちは、自身の危険さを幼い頃から徹底して教え込まれるという。  目の前の男は、一方的な暴力を何よりも嫌っている。共同生活を経て、わたしはよく知っている。  それは先祖と同じあやまちを繰り返すことがないように、時間をかけて丹念に教え込まれた賜物(たまもの)なのだろう。  良い先生を持ったね。ガラスケースを見ながら言うと 「そうかな?」  ほんの少しだけ、いつもの明るさを取り戻した声が返ってきた。 (了)
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