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 という、飄々とした風情だった彼女からは、ちょっと想像できないコメントも含まれていた。  部長席に座る続利の視線は、斜め前方の床の一点から離れることはなかった。そして、いかなる感情も読みとることのできない、その横顔だった。 《『ハマチメモリ、どこで買ったの?』って訊かれたから、『低島屋の地下の雑貨屋で』って答えたんだけど……羽厨子くん、なかなか買わなかったわよね? それはどうしてだったのかな? あんな、今にもよだれ垂れるんじゃないかっていうぐらいの、ほしそうな顔してたのに。  羽厨子くんも、小説用にって考えてたんでしょ?  あ、もしかして買いにいくたんび、脂ノリの悪いのしか残ってなかったからかな?  もし、今でもいいハマチと出逢えてなかったのなら、仕方ない、かんぴょう巻きかかっぱ巻きで我慢しよう!  だいたいどんな寿司ネタメモリ使っても、羽厨子くんならものすごい作品発表できるから大丈夫。  だって、ドキッとするセンス持ってるの、私知ってるから》  ―――ぼくにあてられたメッセージ。  よく覚えてたなー。という驚きと、彼女のおどけた表現が頬を弛緩させていた。が、聞き終わると、それは間を置かずして震えだし―――。  いけないっ!   懸命に奥歯を噛んだ。  せっかくの湿り気を排除した麻希のメッセージ。ここで崩れちゃだめだっ!  ぼくの中に存在したわずかな“男気”が、叱咤していた。 《まあ、頑張って》  最後になったその一言だけの言葉は、糊竹へのものだった。  やつが強制退部を食らったのを、彼女が知っていたのかは定かではない。もしかすると三年生メンバーの誰かによって、伝えられていたかもしれない。  いずれにしろ、飄々とした彼女の性格が、  一応同じクラブの仲間だったんだから―――。  と、メッセージを残すことにしたのではなかろうか……。  しかし、こんな淡白な言葉こそ、彼女らしい。 「それだけかよ~!? 浦和より全然少ねえじゃね~かよ~!」  嘆きと憤りを混在させてまた立ちあがった糊竹へ、大きな笑いがそそがれた。 「あいつ、なんでもいいから、もっとなんか書けよ~!」 「まあ糊竹くんは、それぐらいの相手だったんじゃない?」  瀬和先生が笑い混じりでいった。  するとすかさず、 「そうよ、みんなそれほどの価値しか、あんたには持ってないわよ」  受田が棘を放ち、 「当然よ」
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