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 そんな逸話の流れるのが早い業界内なのか、仕事依頼はどんどん舞い込んでいるようだ。  ビャッコさんは芸名を「BYACCO」とした。 「伏目白子だと堅苦しいし、だいたいダサいじゃない。だから、名前を音読みにするの。でもそれだと『ハクコ』とか『ビャクコ』とかになっちゃってやっぱりダサいから、ちょいアレンジして、『ビャッコ』。それで表記はもちろんアルファベットにする。どお?」   はじめてのオーディションを受ける前、彼女は意気揚々とぼくに向けてきた。   それまで家族やスタッフの前では「白子さん」と、違和感を持ちつつも仕方なく呼んでいたぼくとしては大賛成だった。モデルのネーミングとしても、結構いかす。  この決定には、母も手を叩いた。また、彼女の素性を知っているからこその、その笑みだったように思えた。  同じように大いに賛同した父も、実は彼女が母同様、もと神使であったことに気づいているのではないか……。  ビャッコさんの過去については一切触れず、街で偶然出逢ってスカウトしてきたという母の嘘臭い話にも、疑いを微塵も差し挟まず受け入れているし、「いつまでもこの家にいればいい」と、ことあるごとにいってもいる。  もしくは、すでに母は、彼女の真実を明かしていたのかもしれない。  しかし、ぼくにとってそんなことは、どうでもいいことだ。  ただ、どうでもよくないことが一つ。それは―――、  ビャッコさんの大声。  事務所となっている階下からの雑音は、毎日のように二階のぼくの部屋へもあがってきているのだが、ビャッコさんが加わってからというもの、そこへ楽しげな雑談の声がふんだんに仲間入りした。その中でもとびきり大きく響いてくるのが、彼女の声、そして爆笑。  モデルとはいえ、彼女も仕事で外出していないときは、事務所でみなと一緒にデスクワークに精を出しているのである。  四六時中ではないにしろ、お祭り的騒ぎを聞く日が続けば、今まで以上に勉強や執筆に支障が出る。  危惧を余儀なくしたぼくは、できる限り声を落とすよう、要望しようと思った。―――が、 「じゃあなに? あたしはみんなとしゃべっちゃいけないっていうの? しゃべらなかったら、とれるコミュニケーションもとれなくなると思わないの? みんなとうまいこと意思疎通できなかったら、いい仕事に結びつかなくなるとは思わないの?」
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