【9】

7/11
前へ
/347ページ
次へ
     *  散会を告げた続利の言葉に続いたざわめきが、会合前のそれよりも増して感じたのは、寂寥よりも、自信や勇気を与えてくれた、麻希のメッセージのせいだったと思う。 「ねえ、今日は“海風”にしない」  閲覧テーブルに寄ってきた三年生女子陣の中から、受田が跳ねた声をよこすと、 「あ、うん」  書いていた会合記録から顔をあげた続利は、微笑んで返した。  豊富な種類のカレ―を売物にしている猫柳小路のその店に、彼女たちは月一ほどの間隔で訪れていた。  “海岸通りに建つ”をイメージした、南国要素満載の店内が常時混み合っているのは、カレーに劣らず、トロピカルフルーツやドリンク、また、かき氷にアイスクリームなどのデザート系も、一年を通し、多種多様そろっているからではないか。 「羽厨子くんもいくでしょ~?」  続いた気持ち悪い口調は糊竹のものだった。やつは彼女たちの後ろで首を伸ばしている。 「ぼくはパス」  会合で使った資料書類を整理しながら、ぶっきらぼうに答えた。こっちは執筆で昼食どころではないのだ。 「あ、だけど私、ちょっと用があるから先いっててくれる」  とめたペンのまま続利が投げると、「OK、じゃ、早くね~」と、彼女たちは背を向けた。 「久しぶりにみんなとランチか~。感激至極でござんすな~」 「だいたい、誰もあんた誘ってないんだけど」 「そんな憎まれ口~。どの口が叩くんだ、こりゃ」 「触んじゃないわよ!」 「糊竹、てめえ張っ倒すぞ!」 「張って、張って~。この優くんのすべてを張って~」  といったにぎやかな声が一団から聞こえてきて、そして消えていった。  張るだけじゃなく、殺しちまえ!   心の中でいって書類をそろえていると、おどおどとした声が降ってきた。 「あの~、ちょっといいかな……」  ふり向くと、バックパックを背負った浦和がかたわらに立っていた。 「ああ、なに?」 「あの~……麻希さんの作品のことなんだけど」 「麻希の作品?」 「今度提出しようとしていた作品。書きかけになっちゃったやつ」 「ああ……。それが?」 「完結してないとさ、草紙には載せられない決まりになってるじゃない」 「ああ」 「でも、せっかくの最後の作品なのに、発表できないなんて、可哀想だと思って。だから、なんとかならないか、ずっと考えてたんだ……。
/347ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加