宮廷での朝の揉め事

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宮廷での朝の揉め事

 トーマ国の王宮の庭園を、羊紙に名を記されたサン王子が、歩いていた。    サン王子の銀色の、腰より長く伸ばした髪は、朝日を浴びてキラキラときらめき。  後を付いて歩く側使えの者たちは、それに見とれながら歩く。    サン王子の日課は、父王と王妃への、朝の挨拶から始まる。サン王子の離宮から、トーマ王とトーマ王妃の住む宮殿まで、サン王子は輿を使わず、歩いて行く。    サン王子の足で、20分ほどかかったが、それはそれでいい運動になった。気持ちの良い朝の空気を、サン王子は好んでいた。    その気持ち良い空気を、劈くような音が、台無しにした。    甲高い女の声だった。  「どけって言っているのが、分からないの!」   声の後から。    パシーン  パシーン  ムチで打たれる音がする。  サン王子が自分の後を付いて歩く者たちに聞いた。  「ムチの音のようだが」  側付きの高官女官が言う。  「そのようです」  ムチの音の後から、悲鳴がした。  「ギャー」  「ウワー」  サン王子が言う。  「行ってみよう」  女官が頷く。  サン王子一行は、足を早めて、悲鳴の元に急ぐ。  そしてサン王子の目に飛び込んできたのは、ココウ公主と、サン王子の異父弟妹だった。    サン王子の父親は、弟妹とは違って、トーマ王ではない。公的には、父はトーマ王ということになってはいたが、サンの実の父は別にいた。  エタナラルラ国の現王である。サンの母親は、元々はエタナラルラ国の現王の妻だったのだ。  それを偶然、エタナラルラ国より格上のトーマ国王に見初められて、サンの母親はトーマ国王に、献上させられたのだ。  サンの母は、サンを身籠りつつ、トーマ王に嫁いだのだ。  そして今はトーマ王妃にまで登りつめた。更に王の温情によって、サンは、トーマ王の実子として育てられた。  ただそこにはどうしても変えられない事実があった。  サン王子はエタナラルラ国の、現王の第一子であり、王位継承権1位の男子である事だ。そしてそれはトーマ国でも、エタナラルラ国でも、公然の秘密だった。  さて、ココウ公主とサンの妹弟だが、明らかに不穏な状況だった。  お互いに睨み合い、ココウ公主は手にムチを持って、顔には青筋を立てていた。  サンがココウ公主に声を掛けた。  「ココウ様、御機嫌如何でしょうか?」  もちろん、ココウの機嫌が良い訳がない。しかし、他に声の掛けようもない。  ココウがサンを見る。  ココウの顔がみるみる綻びた。  「あら、サン様。今まで悪かったけど、サン様のお顔を見て、だいぶ良くなりました」  ココウは既に満面の笑みであった。  サンはココウが苦手だった。  しかし、今はご機嫌を取る他無い。    サンは跪いて、ココウの手をとる。  「麗しのココウ姫君。朝からそんなに声を荒らげられて、何か気分を悪くさせるような事がありましたか?」  するとココウはうっとりとサンを見つめた。  無理もない。  それほどサンは美しい。  エタナラルラ国の国民は皆総じて美しい。しかしその中でもサンは極上と言えた。何故なら王家の血筋だからだ。だから本来エタナラルラの王子であるサンは美しく、サンの母もまた美しい。  サンの齢は17歳で、まだ完全に大人になったとは言えない体つきだったが。背は185センチと高く、線の細い体ながら、筋肉が適度に体を覆っていた。    色は雪のように白く、髪は銀髪だった。その銀色の髪は、腰まで長く、良く手入れされていた。風になびくと、ラサラサと風にたなびいて、太陽の光を反射し、サン王子を一層美しく見せた。    顔は丹精で、彫が深く、瞳の色はスミレ色だった。    たなびく銀の長い髪。  整い彫りの深い顔立ち。  透き通る白い肌。  切れ長の目。スミレ色の揺れる瞳。長いまつ毛。  長い手足に、高い身長。    まるで宝石の妖精のようだと皆が言う。  ココウはサンに見つめられて、まるで天に昇ったような気持ちになった。  ココウが言う。  「この子達が、私に道を譲りませんの。ですからこの子達の側使えを鞭で打ってしつけておりましたのよ」  サンが弟妹を見る。  しかし、粗暴で粗悪なココウに乱暴を受けて、弟妹は怯えて声も出ない。  それで側使えが代わりに言う。  「掟では、第一王妃様のお子の方が位が高いのです。ですから道を譲られるのは、第2王妃の姫様の方ではと」  その言葉にココウの怒りがまた沸く。    ココウがわめき出す。  「なんと無礼な! 私は年長者であり、私の母は王妃に第一王妃の座を快く譲って差し上げた。ですから私に道を譲るなど、当たり前ではないですか?」  サンがココウの手を握ったまま立ち上がった。  ココウが握られた手を見る。  サンが弟妹に言う。  「これからは、ココウ姫君に道をお譲りなさい」  次期国王の弟が言う。  「でも、兄上」  サンが言う。  「ココウ様に、譲るのだ」  察しの良い妹が言う。  「小兄様、参りましょう」    弟が言う。  「兄様の気の弱さには、困ったものです」  「小兄様、そんな事を、言ってはなりません」  妹に促されて、弟が頷き、従者を引き連れ、自分たちの離宮へと向かって行った。  それを見届けてサンがココウに言う。  「方角からすると、ココウ様も父王様と王妃様へのご機嫌伺いの用向きのようですね?」  ココウが頷く。  サンがココウから手を離そうとした。  それをココウが許さない。  「エスコートしてくださいまし。兄様」  サンは少し戸惑い、それから。  「喜んで、させていただきます」  と言った。
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