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王子サンの剣舞
トーマ国では、その日、トーマ王主催の宴が開かれた。
宰相の娘コーダが、隣に座る母親に尋ねた。
「今日はなんの宴ですの?」
「公主ココウ様に縁談が決まったそうですよ。まだ公ではないのですが。それで王がココウ様のためにこうして宴を開かれたそうですよ」
コーダが聞く。
「あら、では何方にお決まりですの?」
「それがぁ……」
「それが?」
母親がコーダの耳に口を寄せて言う。
話を聞いて、コーダが小さく叫んだ。
「あ、そんなぁ」
母親があたりを見回して言う。
「しぃー。駄目ですよ。そんな顔しては……。おめでたい話なのです。公主様の結婚は政治ですから。そしてコーダもそれは同じなのです」
コーダが言う。
「だとしても、不運なお話です……」
コーダの視線の先に、ココウがいた。
コーダがココウの視線の先を見る。
ココウが見ていたのは、サン王子だった。
コーダはサン王子を見て思う。
――なんてお美しい……。ココウ様が見惚れるのも無理はない――
サン王子は母である王妃ヒョイに似ている。
二人共美しく、嫋やかだった。サンの母親である王妃と、サン王子が並ぶと、まるで絵画のように美しかった。
それに比べて、トーマ王の醜いことと言ったら……。まるでヒキガエルそのものだった。
そのトーマ王が言う。
「舞姫たちの舞も見飽きたな」
隣りに座った第2后が言う。
「サン王子の剣舞がみたいですわ」
その声に、宴の席に座る女たちがざわめく。
若い女たちが、頬を染めてサン王子をチラチラと覗き見た。
トーマ王が言う。
「久々に踊ってやれ」
サン王子は、宴の席の者を見渡して言う。
「私の舞など、見るに値しません。お目汚しかと存じます」
会場がざわめく。
トーマ王がそれを手で制す。
「踊れ。おまえの妹への餞ぞ」
トーマ王がココウを見る。
それで仕方なくサン王子が、宴の席から立ち上がる。
サン王子の立ち姿に、宴の席の者たちから、ため息が漏れ出る。
サン王子の美しさは、トーマ国では、異国の美しさでもあった。
サンの母親は、美女美男が多い事で有名なエタナラルラ国出身の貴族だったから。
トーマの国の者たちは、小太りで、顔が平坦で、手足の短いものが圧倒的に多いのだ。
宴の席の中央に躍り出たサンは、出入り口で預けた自分の剣を、王の従者に返してもらう。
それからサンは踊りだす。
サンと剣は一体になって、宙を舞、回転する。
時に静止し。
時に嵐のごとく、激しいステップが床を叩いた。
もはやこの世のものは思えない、怪しいまでの美しさだった。
老若男女、すべての者を魅了した。
踊り終わるとトーマ王が言った。
「見事な踊りに褒美をやろう。お前は宰相の娘のコーダと婚姻し、宰相の家に婿として下がる事を許す」
サン王子に、それを断る事は出来ない。
サン王子が、跪き言う。
「ありがたきご処遇に感謝いたします」
それは王宮を離れて、父王の最も信頼する部下の婿になることを意味した。
婿になるならまだよい。しかし、コーダには兄がいて、既に跡目をついでいる。
つまりそれは、宰相家の飼い殺しの婿を意味した。
単なるコーダの婿として、仕事も役目もなく、宰相家で一生を終えると言う意味だ。
しかしそれは同時に、サン王子の身の安全も保証するという意味でもあった。
宰相家の婿になれば、次の代の王も、サン王子にはやすやすとは手が下させない。
コーダは母親に促されて、サン王子の隣に座り、頭叩礼をして言う。
「陛下、ありがたく存じます」
王が言う。
「良いのだ。良い縁談を、また1つまとめられた。わしも幸せに思う。ではわしはこれで退散しよう。みなは引き続き宴を楽しまれよ」
コーダは、隣に座るサン王子を見た。
コーダは思う。
こんな美しい方と、婚姻できるなんて、夢のようだと。
しかしサン王子はその時、自分の身の上に打ちひしがれていたのだ。
平和主義で、上に立ちたいとは微塵も思わないサンでさえ、飼い殺しには成りたくなかったのだ。
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