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「……覚えてないのか?」
「……覚えてない……なんかしこたま飲んだみたいなのは分かるけど……全然記憶にない、つか、オレ相良の部屋に来たっけ?」
「おい、そこからかよ……」
相良徹平は天を仰いだ。
これで、ジーザス!とでも言えば映画のワンシーンみたいなのに。映画といえば、この展開は映画や漫画みたいな展開だ。
信じがたいことに、ちゃんと現実なのだけれど。
自分より一回り大きな相良という男は会社の同僚、正しくは、かつての同僚になる。
久保は昨日会社を辞め、来月の4月から転職することが決まっていた。
相良は学生時代ラグビーだかアメフトだったか、楕円形のボールを扱うスポーツをやっていたと聞いた。いまはやっていないが、体を動かすのが好きで趣味はランニング、週末の休みはジムに通っていると言っていた。運動と無縁の久保とは真逆の週末の過ごし方だ。
取り立ててイケメン、という訳ではないが、裏表のない性格と温厚さで社内での女子の評判は高い。
今は二人とも着衣済だが、Tシャツ越しにも胸の厚みがわかる。スーツ姿しか見たことがないから新鮮だ。こんなにいい体をしていたのか。ちょっとうらやましい。
「久保?」
「ん?」
「……ごめん……」
「え?なんでお前があやまるんだ?」
「……だってお前……いつもよく喋るのに、今日全然喋んないじゃん……ショック受けてるんだろ……?」
「は?喉が痛くてさ、エアコンにやられたからかな〜」
昨日着ていたワイシャツは今は洗濯中なので、相良のTシャツを借りている。XLか?というサイズなので、全く身の丈に合ってない。
その広く開いてしまった首元を擦りながら、風邪をひかなければいいがと零す。
「え?……そういえば、ちょっと声掠れてるな……ごめん、ドライにしとけばよかったかな……酒も入って暑かったから……エアコンつけっぱなしで寝ちゃったんだ……ごめんな」
「うん、まぁ、別にそれはいいんだけど……ショックっていうか、何も覚えてないからショック受けようがないんだけど……なんとなく、察しはするけど……」
いちいち謝る男だ。体格の割に性格は温厚な男だ。そして、どちらかというと気にしいで、小さいことに悩むタイプでもある。
「……ごめん」
「……別に謝らなくていいんだけど……とりま何か食わね?朝飯、買ってきてくれたんだろ?」
「あ、あぁ、そうだな……」
自分の部屋と大差ないが、相楽の部屋もワンルームだ。ただ、こちらの部屋は縦に長い。
玄関隣にバスルーム、トイレと個室が並び、その奥にカウンターキッチン。キッチンとの仕切りはないが部屋が広い為か圧迫感はない。相楽は190センチ近いので、もしかしたら狭く感じるかもしれないが。
平均身長である久保にしたら充分な広さだ。
ベッドに腰掛けていた二人はカウンターへと移動した。スツールは一つしか見当たらないが、相良がどこからか折り畳みのスツールを持ってきた。
朝食にと買ってきてくれたのは、コンビニのおにぎり、サンドイッチ各種、それにプリンが一個。
「プリン食うの?」
「え、久保食べたかった?!」
「いらんけど」
「……だよな、甘いの食べないもんな」
「好きだなぁ、お前甘いの」
「いいだろ、別に」
やっと、いつもの同僚の雰囲気になった。
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