境界線が越えられない

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 相良が言うには、昨夜久保の送別会の二次会後、大分酔っていたのでタクシーで帰るという久保と方角が同じだったので、心配で一緒に乗り込んだそうだ。  だが、先に降りようとした時久保は寝ていて起きないので、仕方なく相良が部屋に連れ帰ってくれた。全然覚えてないが。  部屋に連れ帰ったら起きてまだ飲もうというので、冷蔵庫にあったビールで三次会をした……らしい。 「てか、なんでそれで一緒のベッドにいたの?」  その説明だけでは不十分、ということを相良も理解しているのだろう。言い淀んでいたが、最終的には呻くように理由を吐露した。 「……告ったからだよ……」 「は?」 「だから……お前、本当に覚えてないのか?!」 「覚えてたら聞かないって、つか、告った?オレに?お前が?」 「そうだよ!」  開き直ることにしたようだ。だがまだ表情は暗い。いつも笑っているような陽気な人間ではないが、こんなに暗い相良の顔は初めて見た。  初めてではないか、入社当時ミスをした時に見たことがあった。  なんだか懐かしい気持ちになり、久保はふふっと思い出し笑いをした。 「……くぼ?」 「あー、悪い、なんか久々だなって思って」 「は?」 「お前、入社したての頃数字一桁間違えて契約書を作ってさ、部長に叱られてたじゃん、すげーへこんで、しにそうな顔でさ、なんか今そーゆー顔してたから思い出した」 「……お前その時めっちゃ慰めてくれたよな、まだ2ヶ月目くらいの時で……夕飯、奢ってくれたりして……」 「そうだっけ?」 「そうだよ」 「それでオレに惚れたの?」 「……そうだよ」 「まじか……」  もう暗い顔はしていないが、だからと言って苦しくなさそうという訳ではない。それを自分がさせているのかと思うと複雑な気持ちだ。何だか申し訳ない。申し訳ないとは思うのだが、好奇心が勝った。 「もっかい言って」 「……え?」 「覚えてないから、もっかい告ってくれよ」 「嫌だよ」 「なんで?」 「……二回も振られたくない」  そうか、振ったのか。  それはそうか、納得する。今だって告白されたところで、受け入れる気はないのだ。  相良には酷だが、単にどんな告白だったのか興味が湧いただけだ。  久保には付き合っている彼女がいる。  じゃあ、どうして告ったりしたのだろう。彼女がいることは相良だって知っている筈だし、それに振られたというのにベッドに入るとは何がどうなったんだろう。 「お前が考えていることを教えた方がいいのかもしれないけど、別にもういいだろ」 「なんで?」 「……お前は転職して、もう二度とオレとは会わないからだよ」 「……」  突き放すような言い方にショックを受けたのは一瞬だけ、久保には反論する理由はなかった。  なかったが、このまま終わるのかと思うと名残惜しさは残る。  相良の性格は気は小さいところはあるが穏やかで、久保が何かを言ってからかっても怒ることはなかった。  仕事中のくだらない愚痴も世間話も静かに聞いてくれていた。  あまり自分から話さない奴だったから一緒にいるのが楽しい、という訳ではないがそれでも一緒にいるのは楽で、親友とまではいかないが同期では一番仲がいいと思っていた。  休日にどこかに一緒に出掛けるような仲ではなかったけど、苦楽を共にした同期で飲みにだって一番一緒にいったのは相良だった。  だから、惜しいと思うのか。  それとも捨てられた子犬みたいな顔の相良を放おっておけないだけか。子犬と言ってもこいつの場合は大型犬の子犬なのだが。 「……友達じゃん?」 「もう、友達じゃないよ」 「……」 「分かるだろ?」  分かんねーよ。  でも、これ以上相良にかける言葉は見つからず、結局目の前の男の言った通り二人はお互い連絡を取ることを止めた。
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