境界線が越えられない

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『仕事おわった?』  18時過ぎに送ったメッセージは既読になったが、返事はない。諦めずに久保はメッセージを送った。 『おわってるよな〜?』  18時半、直に既読は付いたが返事はない。見ているということは。 「……なんだよ……」  電話をかけると、迷惑そうな相良の声が耳に届く。  なんだよ、はこっちの台詞だ。直に出たってことは仕事終わってるじゃないか。だが、口から出たのは悪態ではなく、心中とは真逆の陽気な声だった。 「おつかれ〜!!」 「……おつかれ……」 「……はぁ……なぁ、もうオレはダメだ……!飲もう……!!」 「おい、飲んでるのか?」 「飲んでる、お前も飲もう!!」  いつもよりテンションの高い久保に異変を感じたのか、不審そうだった声は心配そうなものに変わる。 「……どうかしたか?」 「どうかしたんだ……寂しすぎる……泣きすぎてやばいんだ、さがら……」 「どこにいるんだ?」 「うち」 「……うちって……仕事終わってるのか?」 「休みだった……なぁ、飲もう!」  YESと答えなければずっとこのまま絡んでやるという意思が伝わったのか、重いため息と共に返事がきた。 「……分かった……」 「あ、来る時追加の酒も頼む」 「……分かったよ」  それじゃあ、あとで。そう言った30分後に相良は久保の部屋の前に立っていた。  チャイムが鳴ると、ふらつきながら狭い玄関に立ちドアを開ける。 「早かったなぁ〜」 「……あのなぁ……」 「ほら、入れよ」  見上げた相良ははぁはぁと息を切らし、どこか怒ったような顔をしたまま動こうとしない。  スーツの上着は脱ぎ小脇に抱え、ネクタイは外しシャツのボタンも2つ目まで開いている。走ってきてくれたのかもしれない。  通勤鞄しか持っていない所を見ると、酒は買ってこなかったようだ。  おつかれ、という意味を込めポンポンと腕を叩けば振り払われた。 「お前な!何なんだよ……もうダメだとか言って……泣き言言うから……何事かと思えば……」 「何だとは何だよ……ほら、とにかく入れよ」 「……何かあったのか?」  まじまじと顔を見てくるのでさっきまで泣いていたのがばれたらしい。呆れと心配が混ざったような顔で久保を見下ろしている。 「あった、まぁ聞いてくれよ……」 「……」  諦めた相良は深くため息を吐いてから靴を脱いだ。  玄関を入れば直に狭いキッチン、反対側にはユニットバス。相良は久保に続き部屋に入った。  座れよと冬はこたつに変わるテーブルの一角を指差し、久保はさっさと腰を下ろした。  テーブルの上には広げたピザの箱、ピザはまだ半分残っている。サイドメニューとしてポテトとシーザーサラダ。空いた缶が二本と空いてない発泡酒が一本。 「腹減ってるんじゃないか?食べろよ、まだちょっと温かいよ」 「何があったんだよ……すごい酔ってるかと思ったけどそこまでじゃないのか……?」  発泡酒の空き缶二本に視線が飛んだので、久保は頷いた。 「そんなに酔ってない」 「……でも酔ってはいるな……話したくないのか?」 「……遅いゴールデンウイークだったんだよ……でな、彼女と旅行に行こうって話てたんだ」  唐突に始まった話に、相良は慌ててクッションの置いてある久保の正面に座った。 「鎌倉行こうって……温泉宿も予約したんだ……でも、振られた……」 「え……?」 「予定何もなくなったんだよ、ただの連休……寂しすぎる……」  発泡酒に手を伸ばしたら、横から取られてしまった。相良を見ると首を横に振っている、これ以上飲むなと言っているのだろう。  そういえばこんなやり取り前にもあったか。  いつも飲み過ぎないようセーブしてくれたのは隣りにいた相良だった。でも、あの日はしなかった。  最後だからだろうか。 「……久保?」  気遣うような視線と同じ声音、飲み会の最後の方よくそんな目で見られたっけ。  そうか、同僚だからじゃなくオレだからなのか。  だけど、相良の次の台詞で久保の思考は飛んだ。 「オレのせいか?」 「……は?」
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