境界線が越えられない

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「オレのせいで……彼女と……」  まるで死刑宣告を受けたような顔で相良は言う。  そんなに深刻に受け取られるとは思わなかったし、そんな訳あるか!って突っ込みを入れたかったのに、相良があまりにも真剣な顔をしているから何も言えなくなる。  そんな風に自分のせいにしなくても、自分を責めなくてもいいのに。何でも自分のせいにして抱え込むのはこの男の悪いクセだ。 「……違うって……彼女に二股かけられてただけ、気付けないオレがバカだったんだよ〜」  あははと乾いた笑いを洩らすが、相良の表情は晴れなかった。 「だから、お前のせいじゃないよ、ほんと、気にしいだよな相良は」 「……じゃあ、何でオレを呼んだんだよ……文句でも言いたいのかと思った……」  そんな風に思われたのは心外だが、心配して駆けつけてくれた男に文句など言える訳ない。 「癒やされたくてな……動物の映画でも見ようと思ったんだよ」 「……?」 「酒飲みながらほっこりしてすっきり寝ようとしたの!そしたらさ……犬がさ……主人の元に帰るんだよ最後……その犬がさ……相良みたいになんかでかい犬でさ……」 「は?」 「めっちゃ泣いた……あんなに映画で泣いたの初めてなんじゃね?ってくらい泣いた、まじでバスタオルないとやばいやつ」 「オレみたいな犬……」  意味が飲み込めないような顔で相良が呟く。  やっぱり大型犬を彷彿させる。映画の途中で出てきた警察犬のジャーマン・シェパードよりも最後のミックス犬、セントバーナードとオーストラリアンシェパードのミックス犬の方が相良っぽい。 「そう……!見たことある?犬が転生?していくやつ」 「……」 「でさ、あれ続きがあるみたいで、一人で見て号泣すんのしんどいから誰かと見たくてな、相良のこと思い出したしお前に似た犬だったからさ、一緒に見てくれないかなーって……あれ?相良?」  相良が項垂れていた。  はぁーと今日一番深い息を吐き出し、途切れながら呻くように呟いた。それは久保を責めるようでもあるし、安堵しているようでもあった。 「……お前な……ほんと……何だよ……もうだめだって……言うし……」 「泣きすぎてもうだめだって思ったんだよ」 「……そうか……はぁ……そうか……まぁもういいや……お前が……落ち込んでるのかと……落ち込んではいるのか……?」 「……?」  顔を上げた相良と二人して顔を見合わせる。  落ち込んでいる?オレが? 「彼女と別れて落ち込んでるんだろ?」 「……ん〜……落ち込んでいるっていうより……連休中一人で寂しくて……寂しくて落ち込んでいる?……違うな……何かさ、犬でもいいんだけどさ、誰かといるのがいいなって……一人は寂しいなって思ったんだよ……そんで、相良のこと思い出して……あぁ、そうか、迷惑だよな……」  落ち込んでいたつもりはなかった。  彼女と別れた直後は勿論落ち込んでいたが、既にそれは過去のこと。元々久保は嫌なことを引き摺らないタイプだ。  どちらかというと今は一人で寂しいという気持ちの方が強い。  映画に出ていた犬を見て相良を思い出した。  でも、呼び出すのは違うだろ、相良にしたら迷惑以外の何物でもない。  心配して駆けつけて、自分のせいかと言い自分を責めてしまう優しい男にオレは何をしているんだろう。 「……ごめんな……酒のせいにする訳じゃないけど……酔っていたにせよ最悪だったな……」  冷静になるにつれ自己嫌悪が酷くなる。  俯いてしまった為、相良がどんな顔をしているのかは分からない。 「久保」  気遣うような優しい声だ。  その声に勇気付けられるように、久保は顔を上げた。 「……気にしてないよ……気にしてないし……お前が……落ち込んでないならよかった……寂しさが紛れるなら……オレといるのが嫌じゃないならオレは構わないよ、一緒に見ても」  柔らかく笑う顔にさっきまであんなに泣いたというのに、また鼻の奥がツンとした。
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