境界線が越えられない

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「もっかい、告ってよ」 「……嫌だよ……」  心底嫌そうな顔をされたが、無視して続ける。 「なんで?」 「……前にも言っただろ」 「振られないかもじゃん」 「寂しいだけだろ」 「……寂しいから一緒にいて欲しいって言うのは違うのか?」 「……違うだろ……」  違うのか?  寂しいから一緒にいて、そしてその内相手を好きになったりするんじゃないのか? 「……無理だよ、オレとお前じゃ」 「なんで?」 「何でって……ていうか、何でそんなこと言うんだよ……単なる好奇心だったら質悪いからな」 「歩み寄ってるんだよ、お前に」 「は?」 「……お前が後ろめたくなんなくたっていいんだ、オレは覚えてないし、だから何ていうか……このまま会わなくなるのは嫌なんだよ、前みたいには無理なのはオレも分かる、だからやり直そうよ」 「やり直す?」 「えーと、友達から始めたらいいんじゃない?」 「……」  相良はまた首を振った。それが拒絶なのは分かる。頑なだ。なら、もう会わない方がいいのか、相良はそれを望んでいるのだろうか?  表情を隠した相良の感情は読み取れない。さっきは笑ってくれたのに、また笑顔になってほしいだけなのに。  簡単なことように思えるのに、それはどんな難題を解くより難しいもののように感じる。 「……寂しいなら彼女を作れ、お前なら直にできる」 「お前がいいって言ってんだろ?」 「今だけだ、今、寂しいからそういう気持ちになっているだけだ、友達から始めても何もならない」 「もう友達でいるのも嫌なのか?」 「……」 「お前はいいやつで、一緒にいて、楽しいってのとは違うけど……何ていうか話しやすいし、友達じゃなくなるのは嫌だよ……だから考えたんだ、もしかしたら友達から始めて関係が変わるんじゃないかって、さっきも言っただろ?歩み寄ってんだよ」 「……」  考えているのか、それとも聞きたくないだけなのか相良は何も言わない。 「相良」  何故こんなにも頑ななのだろう。  心を閉ざしてしまったのか。  それとも。 「……オレのこと嫌いになった?」 「何で……?!」 「だってそうだろ?友達にもなりたくないなら、何だよ」 「……お前が歩み寄ってくれるのは嬉しい、本当に嬉しいよ……友達からやり直したいよ……」  それは本心なのだろう、言葉の端々から気持ちが伝わってくる。 「なら……」 「友達からやり直して、もしも……お前がオレのことを好きになってくれて、恋人になっても……今はいいと思う、でも、5年後、10年後はどうだ?」 「は?」 「周りから彼女はいないのか?結婚はしないのか?親から孫の顔が見たいって言われないか?そのときに後悔してほしくない……きっと後悔する、一緒にいるのがオレじゃなければそんな後悔はしないんだ」 「男同士だから?」 「そうだよ……もうお前に振られるのは嫌だって言っただろ」 「……オレが振るの前提かよ、つか多分うちの親そういうこと言わないと思うけど」 「……でも、きっと後悔する……」  頑な理由は分かった。思ったより相良は悲観的な男だったようだ。男同士の恋愛は正直よく分からない。だが、理由がむかつく。 「あのな、歩み寄るのが嬉しいなら、友達としてやり直したいって思うならそれでいいじゃん」 「良くないから」 「今、お前の気持ちが大事だろ」 「それだけじゃダメだって言ってるんだろ、ちゃんと考えろよ」 「考えたよ、考えて歩み寄ってんだろ?つか、何だよ、付き合ったら後悔する?オレが振る?……じゃあ、お前は5年後、10年後にあの時オレと付き合っていたらって後悔しないって言えんのか?!今、考えるのはそんな先のことじゃないだろ」  どうしてそんな恋愛観なのだろう、男同士だから?そんなに根深いものなのか?  理解してやりたいけど、久保には分からなかった。  分からないからこそ、歩み寄りたいのに拒絶されるから腹が立つ。  腹が立つのに、この男を突き放すことは出来なかった。  もしかしたら相良が言うように遠い未来後悔するかもしれない。でも、それは回避出来る未来かもしれないのに。  どうして二人で考えようとしないのか。  どうして、一人で抱え込もうとするのか。  そんなの、寂しすぎるだろ。  今度は威嚇するように睨み付けてくる、そんなにオレを遠ざけたいのか、怖くなんかないのに。  強がりだと分かれば、相良の弱さが余計に浮き立つだけだ。 「……一時の感情で人生左右されるんだぞ」 「……恋愛なんてそんなもんだよ、つか、お前恋愛経験ないだろ……人生左右出来る程の感情をお前は知らないだけだよ」 「……バカだろ……お前……」  また相良は俯いた。それだけではなく肩が震えている。大きな男だというのに、小さな子供のようだ。 「泣くなら映画見て一緒に泣こうよ」 「……」  ほら、と言ってさっき使ったタオルを相良に渡す。顔は見られたくないのか、俯きながらタオルを受け取る。 「……濡れてる……」  顔を拭き、顔を上げた相良の目は赤く、苦笑と共に文句を垂れた。泣き顔だけど、この部屋に来た時よりも随分と明るい顔に見えた。 「いっぱい泣いたんだよ、しょうがないだろ」 「……うん」  文句を言ったくせに相良はタオルに顔を埋めた。  久保はそれを静かに見守った。
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