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結婚1日目―私と彼
学校を囲う桜の木は淡桃色の花を散らし、代わりにみずみずしい新緑が顔を出している。
空はこの季節らしい白っぽい青色で、空気にはかすかに花の香りが混ざっている。
時々吹き抜ける強い春風が、髪や制服のスカートを蹴散らす。
だが私にはそんな季節の移り変わりを感じている余裕はなかった。
登下校の時刻を過ぎると正門は閉ざされるため、インターホンを鳴らして職員室に連絡する。
「3年A組の橋田美桜です! 遅刻してしまったので開けてください!」
ロックが解除されたのを確認し正門横の通用口から入って校舎まで走る。土間でダークブラウンのローファーから、先端がえんじ色になっている上履きに履き替えて職員室へ向かう。
職員室で遅刻した旨を報告、用紙に記入。
『11:05 3-A 橋田美桜 体調不良のため遅刻』と書いた。
職員室を出ると3-Aとプレートが掲げてある教室まで急ぎ、がらっと横に扉を引く。
授業の途中だったせいで何十人分の視線が私に注いでたじろいだ。
「お、遅れました、すみません」
「あー……えっと」
「橋田美桜です」
生物の先生は私が誰だか分からなさそうな顔をしていたので自ら名乗った。
「橋田か」
やっと思い出したらしい。
教室の机は6列。私の席は入り口から見て一番奥の列の、後ろから3番目。
しんとした空気の中、そそくさと席に向かう。
学校指定のナイロンのスクールバッグをフックに掛けて静かに着席する。
「……美桜、大丈夫?」
斜め後ろの席から親友の梶原穂乃果ちゃんが小声で声をかけてきた。
大丈夫、とピースサインをするとほのぴはオッケーと合図を返してきた。
私は教科書とノートを開いてシャーペンを握って急いで板書を始め……と見せかけて実は何もしていなかった。
自分の身に起こった現実を、まだ受け入れられていない。
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