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お腹の底から怒涛のように込み上げてくる驚きと戸惑いを、なんとかかき消して北条君の目の中を覗き込む。
ねぇ、どうして?
セリフは、数メートル後ろにいる監視の人たちには聞こえないよ?
わざわざ言わなくてもいいんだよ?
形だけのキスをすれば、それでいいんだよ……?
「こんな気持ちになるの初めてだよ」
これ以上は加速しないだろうと思っていた心臓がさらに限界値を超えて、もう痛くて苦しいくらいになる。熱くて、喉がひりついた。
頭の中で何度も何度も必死に唱える。
ぜんぶ、ぜんぶ、演技だから。
お義父さんを騙すためだから……。
「美桜と一緒にいられて毎日幸せ。ずっと一緒にいたい」
もうそれ以上セリフを言わないで。
脳が……かんちがいしちゃう。
私はただ頷いて、北条君に身を任せたらいい。
キスをしたらお義父さんだってラブラブなんだって分かってくれるんだから。
それなのに。
「私も、蓮が好き」
私の唇からも『言わなくていいセリフ』がこぼれる。
違和感も罪悪感もなく、自分でも驚くくらいすんなりとその言葉を発していた。
「え……」
北条君の瞳が戸惑いで揺れている。
何言ってるんだって思われてる。
「好きなの」
分かって欲しいみたいに、もう一度言葉を重ねる。
すると、腰を抱く力が強まってさらに引き寄せられる。
迫ってくるきれいな顔。
見ていられなくて、どうしたらいいのか分からなくて、おそるおそる目を閉じる。
フリをするだけ、フリをするだけ……。
分かっているのに、体はがちがちでほぼ棒立ち。
背伸びした方がいいのか、このままの方がいいのか、何も分からない。
ただひたすらフェイクを待っている唇に、触れるはずのない感触がして――私は目を開けた。
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