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「大丈夫ですか?」
とっても惨め。通りがかりの紳士がマリアンヌにハンカチを差し出していた。
大丈夫、じゃないかも……。
「ありがとう」
ハンカチを受け取り、傷口に当ててみるが、痛みがなくなるわけでもない。しかし、ちゃんと人間扱いされたことで、立ち上がることはできそうだった。
「ハンカチのお礼をしなくては、あの、お名前を」
「こちらは大丈夫です。差し上げますから。気を付けないと、治安が悪い国ではありませんけど、様々が生きている土地ですからね」
まるで、幼い子どもに投げる微笑みのよう。そんな表情の彼も船着き場の駅員と同じことを言う。そんなに世間知らずに見えるのだろうか。
あ、ポシェット……。
さっきの?
青ざめているマリアンヌにその紳士がもう一度尋ねる。
「あの……大丈夫ですか?」
「え、えぇ」
どんなことがあっても淑女は取り乱してはいけない、とマリアンヌは一生懸命に気持ちを立て直そうとしていた。私は、淑女よ。みっともないでしょう?
「本当に、お気になさらず」
「警備兵が駅にいるはずだから、伝えれば助けてくれますからね」
「ご親切、感謝申し上げますわ」
スカートの裾を持つと、掌が痛んだ。
あ、お金もなくなっちゃったんだ……。
そう思った時には、さっきの紳士の姿はなかった。
どうすれば良いのか全く分からなくなってしまったマリアンヌは、とりあえず教えられたとおり、駅まで向かった。
リディアス紙幣ならまだ少しあるけれど。
空を見上げる。雲はない。
次の船を待てば、家の者達が乗っているかもしれない。
でも、失敗に終わればもう二度とこんな真似はできない。二度とアーモン様には会えない。
喧騒の中から弾かれているマリアンヌに声を掛ける人もいない。どうして、あの人を頼らなかったのだろう。せめてポシェットを無くしてしまったことを伝えれば、警備兵のいる場所にくらいは連れて行ってくれたかもしれないのに……。
でも、身元が知られる危険は冒せない。
アーモン様のいるディアトーラへ……進まなければ。
あれだけ輝いていた未来が、急に光を失い、萎んでいった。
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