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案の定、リディアス紙幣では列車の切符は買えなかった。両替商は明日まで開かない。
駅のベンチに座り込む。暗明色の灯りに照らされた自分の影が黒く頼りなく揺れる。旅行鞄は取られないように抱きしめる。あ、そうだ。お菓子。
ほんの少しだけ明るくなった未来に、ほっとするのも束の間、視線をあげることができたマリアンヌは、同じようにベンチに座る子どもを見つけた。明るい茶色の髪を二つに結わえた女の子。
あの子も同じように寂しくて辛いのかしら。
マリアンヌはすくっと立ち上がり「お嬢ちゃん、どうしたの?」と尋ねた。
髪と同じ茶色の瞳がマリアンヌを真っ直ぐ見つめた。
「パパ、待ってるの」
「パパ?」
「そう。もうすぐお仕事が終わるから。今日はちょっと遅いだけ」
「一緒に座っても?」
マリアンヌは、寂しさを共有したいという気持ちを胸に、彼女の隣に腰を掛け直した。
「一緒に食べてくれます?」
旅行鞄の中から取り出したお菓子の包みを開き、そのまま女の子の前に差し出した。
「うん、いいよ」
女の子は崩れてしまっている花形クッキーを一つ摘まんで口に含ませ、にこりと笑う。
「お姉ちゃん、ありがとう」
「マリーと言います」
名前を教えたくなった。誰かに呼ばれたい。ただそれだけの理由で。告げられた名前に、女の子が目を丸くして、嬉しそうに続けた。
「マリー? わたし、アリー。すごーい。ちょっと似てる」
「ほんとう、似ていますね。嬉しいわ」
愛称だけど、その名を呼ばれ、ほんの少しほっとする。ほんの少し、緊張が和らぐ。
マリアンヌとアリーはしばらく他愛のない話だけをして過ごした。
アリーは家族の名前を全部教えてくれて、マリアンヌはそれを聞いて、自分の家族の名前を愛称で知らせる。ただそれだけでアリーは満足そうにしていた。そして「アリー、上手なのよ」と、ご機嫌にクッキーの包み紙を折り始めた。何を作っているのかは分からないが、マリアンヌの名前を知っている彼女が傍にいるだけで不安から目を背けられる。しかし、そんなマリアンヌの楽しいひとときは長くなく、終わりが告げられた。
「アリー」
中肉中背の男性がアリーの名前を呼んだのだ。
その声にアリーが「パパ」と言って走り出して、抱き留められた。
「娘がお世話になったようで」
「いいえ」
寂しそうなマリアンヌに、アリーが戻ってきて、紙の鳥をくれた。さっきのお菓子を包んでいたものだ。青い地に色とりどりの存在しない花、そして、黄緑色の葉っぱ。嘴が不器用に曲がっている。
「マリーのお友達がくるように、アリー、神様にお願いしててあげる。この子もあげる」
「ありがとう」
アリーが満面の笑みで手を振った。
マリアンヌはその背に力なく手を振っていた。しばらくすると、最終列車の確認のための駅員がマリアンヌに声を掛けた。
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