恋する乙女は大志を抱きて歩み出す

7/8
前へ
/8ページ
次へ
「次が最終ですよ」 「存じております」 「船ですか?」 マリアンヌは黙っていた。  最終に限り、船が着かなければ列車は動かないし、列車が着かなければ、船は動かない。船なら、降船後に知り合いが多くいる。  だけど、会える機会は失われる。 「船は着いているようですので、列車が着き次第、乗合馬車に乗っていただかなければ、間に合いませんよ」 「はい」 心配そうな、それでいて疑心暗鬼のような、そんな表情を駅員は浮かべ、マリアンヌから離れた。  駅員は駅にいる人すべてに近づき、声を掛け、見えなくなった。  灯りも心許なくなってくる。掌の紙の鳥も淋しそうに首を擡げている。  先ほどの駅員がまた戻って来て、間引くように灯りを消していく。その後から、駅員がもう一人、箒と塵取りで彼を追いかけていく。 「最終列車、到着しまーす」 駅中に響く声で叫び、駅がにわかに賑やかになり、乗客達が同じ方向に流れていく。  船着き場からの乗客も到着し始めたようだ。  流れが二つできて、マリアンヌの前を慌ただしく通り過ぎていく。  この流れに乗る。ここで夜を越さなくちゃいけないのは、怖い。紙の鳥は擦り傷の掌の上で、寂しそうにしている。掌の傷はすっかり塞がっているようで、痛みはなかった。  怖い……。みんな知らない顔。そればかり。 「あっ」 雑踏が起こした風がその鳥までをも、マリアンヌから奪ってしまったのだ。踏まれてしまうと思うと、慌ててその鳥を追いかけた。今は、頼りないその鳥ですら、マリアンヌには大切な拠り所になっていたようだ。鳥はすんでの所で、マリアンヌに摘まみ上げられた。 「マリー?」 その呼び名に首を傾げる。  マリーなんて呼ぶのは、アリーと家族。それと、もう一人……だけ。 「どうして君がこんなところに?」 夢でも見ているのだろうか。 「従者は?」 当たり前の言葉を掛けてくれる存在。  立ち上がったマリアンヌが小さく頭を振る。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加