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街へ
「次の宰相閣下の休みの日に、顔合わせがある」と宰相閣下の秘書の人が伝えに来てくれた。僕の服装と髪を見た秘書の人は、眉を顰め「当日は身なりを整えてくるように」とだけ言って、研究室を出て行った。
僕は上司であるオブライアン様に許可を取ると、3日後の昼過ぎに城の中央棟の応接室へ向かった。秘書の人に「身なりを整えるように」と言われて、よく分からないまま侯爵家から私服一式を送って貰って、そのまま着て来ていたが、朝になってから寝癖を直そうとしても直らず、僕の栗色の髪の毛は今もハネていた。
怒られるかなぁ‥‥‥。そう思いながらも、横長の椅子に座って待っていると、ドアが開いて眼鏡を掛けた色白の青年が入って来た。
「あっ‥‥‥」
立ち上がろうとして、テーブルに足をぶつけてしまった僕は、顔を顰めながら彼を見上げた。
「ジル・サクフォンと申します」
「‥‥‥」
近くまで来て挨拶をしてくれた宰相閣下は、銀髪の長い髪を1つに束ねていた。瞳は吸い込まれそうな青い瞳をしている。
思ったより若い出で立ちの彼に、思わず見とれてしまっていた僕は、我に返ると挨拶をした。
「挨拶が遅れて申し訳ありません。アレクシス・サリエルです」
「存じ上げております」
「私も存じ上げております」
お互い顔を見合わせると、つい笑ってしまっていた。笑うと柔らかい雰囲気になる彼の笑顔に僕の心臓は跳ね上がった。
「あの、よかったら街へ行きませんか? いつも研究棟でお仕事をしていて、城下街へはほとんど行ったことがないと聞いております。今日は息抜きに‥‥‥。どうでしょうか?」
「はい‥‥‥。よろしくお願い致します」
僕は微笑み返すと、2人で門の前に停めてある馬車へと向かったのだった。
*****
城下街へ着くと、お祭りでもあるのか賑わっていた。馬車から降りた僕が戸惑っていると、宰相閣下は僕の手を引いて人混みの中へと入っていった。
「今日は、お祭りでもあるのでしょうか?」
「最近は、いつもこれくらい賑わっているのですよ。ここ数年で、国外からの観光客が増えましたからね‥‥‥。はぐれないように、私の手をしっかりと握っていてください」
「‥‥‥はい」
振り返りながら喋る彼の姿にドキドキしていた。身体の体温が1℃くらい上がった気がする‥‥‥。手を繋いで歩くうちに、手のひらが汗ばんできたが、離さずに彼の手をギュッと握っていた。
大通りを抜けて噴水の前まで来ると人の波は落ち着き、代わりに噴水を取り囲むように屋台が出ていた。テーブルやベンチがある場所には、屋台で買ったものを食べる人達が座って食事をしている。
宰相閣下は、近くの屋台で買った串焼きを持って来ると「食べますか?」と聞いてきた。人混みで目が回っていた僕は、頷くと目の前に差し出された串焼きに一口かぶりついた。
「何これ? んまっ‥‥‥」
「気に入っていただけたようで、良かったです」
そう言うと、彼は僕の食べかけの串焼きを頬張っていた。1つのものを2人で食べるという慣れない行為に、僕は恥ずかしくなって頬に熱が集まるのを感じていた。
「大丈夫ですか? 熱かったですか? ひとまずベンチに座りましょう」
僕たちはベンチに座ると、午後の気持ち良い風に吹かれていた。今日が晴れていて、本当に良かったと思う。
「アレクシスは、甘いものが好きだと聞いております‥‥‥。合っていますか?」
名前を呼ばれただけなのに、ギクリとしてしまった僕は曖昧に微笑んだ。
「‥‥‥はい」
「向こうの通りに、フルーツと生クリーム、アイスを載せたパフェが出る喫茶店があるんです。行ってみませんか?」
「はい」
もはや断る理由など、どこにもなかった。再び恥ずかしくなってきた僕は、俯いてしまう。
「行きましょうか」
僕は頷くと再び差し出された手を掴み、喫茶店へと向かったのだった。
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