ベニーの目配せ

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ベニーの目配せ

「目配せが大切なんだ」  それが、ベニーの口癖でした。  だめになってしまった歯の、その隣の歯に目配せをしながら、隣の隣の歯にも、そのまた隣の歯にも。 「目配せをしながら継いで、それで初めて、歯は必要なものを噛みしめられるようになる」    *    とある大きな山の上。大昔の大戦でぼろぼろになったとある城跡に、ひとりの修理工がやってきて、わずかに残った一角を修理し、自分の住処と工房を造りました。  その後も修理工がまたひとり、ふたりと流れ着き、それぞれに腕をふるって――ベニーの住む町は、そうして造り上げられたと言われています。  この町に暮らすたくさんの修理工たちと同じく、ベニーにも彼だけの得意分野がありました。  それは〈歯〉を直すこと。  例えば、歯車の刻みのひとつであったり、オルゴールの内側に納められた金属板の並びであったり。〈歯〉と名のつくものであれば、ベニーはなんだって元通り、いえ、元通り以上にうまく動くよう直してしまえたのです。    *  ある日、大きな山を登って、町の外から見知らぬ男がやってきました。 「履物を直してほしいのです」  裸足で石畳を踏むその男が、ベニーに手渡した履物――らしき木の板――の裏には、手の中の長方形を上下に区切るように、少し短い木の板が渡されています。  横から見れば、胴の短い丁の字のよう。  これでは履けたとしても、まっすぐ立つのがやっとでしょう。  しかもその裏面の短い木の板は、ひどく擦り切れ、割れてしまっていました。 「この部分を、私の国では〈歯〉と呼ぶのです」  それこそ、男がベニーの工房の扉を叩いた理由でした。  これが歯であるならば、ベニーはきっとこの不思議な履物を、元通り以上のものに直せるでしょう。  けれど少々困ったことに、その履物には最初から〈歯〉が一本しかないのです。  どこに目配せをするべきかと思案しつつ、ベニーは呟きます。 「目配せをしながら継いで、それで初めて、歯は必要なものを噛みしめられるようになる――」 「そう、まさに」  ぱちん。男が手を打ちました。 「私はこの歯で山の傾きを噛みしめ、ここまで登ってきました」 「けれど町に入り、歯が欠けて……それからというもの、私の道行きはひどくあいまいになってしまったのです」  途方に暮れた男が、同じく途方に暮れるベニーを見つめます。  目配せをし合ったふたりの瞳の中、瞳孔を囲む小さな歯車が、かちりと音を立てて噛み合いました。
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