『ウラシマックス』

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『ウラシマックス』

「おっ、届いたか」  インターホンが鳴り、ゆっくりと起き上がった。配達員から小さな段ボールの箱を受け取った。 「これか」  ゆっくりと開けるとそこには今回の主役が入っていた。ついこの前、設立された浦島製薬の薬『ウラシマックス』である。  数日前に予約した治験バイト用の薬だ。この手のバイト自体受けるのは初めてだが、入っていたアンケート用紙にレポートを書くだけで五十万もらえる。  今日と明日の二日間。指定された量の薬を飲んで、その効果のレポートを書いて終わり。それだけで五十万。  なんと素晴らしいことか。金欠大学生の僕にとって僥倖のほかならない。  早速、僕は指定された量の錠剤を口に放り込んだ。 「うっ!」  飲み込んで数秒後、心臓の鼓動が急に早くなり始めた。ハードな運動の後のような胸の鼓動。突然の出来事に意識がついていかない。  脳みそが熱い。凝縮された夏の熱さが脳内で暴れまわっているような感覚だ。  すると次は急に気分が良くなった。外気、心臓の鼓動。血液の流れ。それら全てから感じ取る生きているという事へと実感。 「やべえ」  あまりの快感に語彙が欠落した。レポートを殴り書きした後、僕は心地よさに身を委ねて眠りについた。  二日目。爆睡したせいか、心地よい目覚めだ。二日目は量を少し増やして欲しいとの事だった。  少し多めの薬を手に取り、飲み込んだ。次の瞬間、体が一気に軽くなった。  薬を持って、窓から外に飛び出した。家の屋根やマンションの屋上を飛び越えて、僕は駆け抜けた。  飛ぶ鳥もバイクも車も誰も僕に追いつけていない。どこまでも気持ちいい。気付けば僕は知らない街まで来ていた。  薬の効果が切れたのを感じると一気に疲れが来て、その場にしゃがみ込んだ。今日で終わりだ。レポートを書けば五十万。  しかし、僕の目はレポート用紙ではなく、瓶に残った薬だ。退屈で乾いた心が一気に満たされたあの感覚。  あれを味わえるなら僕は大金よりこっちを選ぶ。僕は残った薬を全て、口の中に放り込んだ。明らかに許容された量を超えているが、関係ない。  僕は今、刺激に飢えている。 「うっ!」  突然、心臓が強く跳ねた。急に足のつま先から熱くなり始めた。そして、さっき以上に体が軽くなった。  体を前に向けて地面を軽く蹴った瞬間、凄まじい勢いで跳んだ。 「うおおおおおお!」  凄まじい勢いで空へと上がっていく。鳥を追い越して、雲を追い越して息苦しさを覚えるくらう上空まで飛んだ。 「うひょおおおおおおお! とんでるううううう!」  雲の上を跳んでいるせいか、地上の様子は何も見えない。しばらく進んで雲が晴れた時、目の前には知らない建物が並んでいた。  僕は地面にヒビが入る勢いで着地した。自分の生まれ故郷とは全く違う光景。下を見下ろすと多種多様な人種がひしめき合っている。  遠くの方では松明を掲げた女性の像が立っている。おそらくあれは自由の像だ。 「まさか、アメリカか!」  日本の寂れた街からアメリカの大都会まで跳んで来たのか。歓喜とともにもっと先に行きたいという欲求が膨れ上がった。 「もっと高みへ!」  さっきよりも強い勢いで地面を蹴った瞬間、光速と思えるような速度で跳んだ。雲の遥か上を飛び越えて、ついに大気圏を超えた。  普段の状態なら恐怖感が勝るだろうが、今の僕は何もかもどうでもよくなる程、気持ちが良かった。  地球を超えて、太陽系を超えても、それでも僕は止まることなく進んでいく。金色に光る星。タコのような生き物。ルービックキューブのような形の星。  どれも見たことない。おそらく今の科学でも明らかにされていない物が僕の目玉に次々と飛び込んで来た。  ああ、なんて美しいんだ。僕は今、人類が到達できていない次元にいるのだ。  そんなことを思いながら、突き進んでいると見覚えのある青い星が見えた。地球だ。おそらく僕は宇宙を一周したのだ。  そろそろ戻ろう。そう思った僕は地球に向かった。大気圏を突入した時、異変に気付いた。  見たこともない建物が並んでいたのだ。SF映画で見るような空を切り裂かんばかりの巨大なビル。飛行機とは違う形の円盤型の物体が空を飛んでいる。 「何がどうなっているんだ?」  僕は地面に着地して辺りを見渡した。街行く人はみんな液晶端末を持っておらず、指に機械の指輪みたいなものをつけている。  それから出る映像で対話しているのだ。 「これは一体」  すると街のビルに設置されたモニターに男の顔が映った。 「えー。ニュースをお伝えします。今日、浦島製薬は創業五百周年を迎えました」  僕は現実を振り切るように、地面を蹴った。  跳んだ際,ポケットからボロボロになったアンケート用紙が落ちた。  
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