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1.魔王
キルヴァイスは、目を覚ました。
黒い前髪の隙間から焦点の合わない銀色の瞳が高い天井を眺める。
ここは・・・。
見覚えのある天井だった。
自分が執事として仕えていた、魔王オルガリウスの寝室。キルヴァイスは、上半身裸で、ベッドに寝かされていた。まだ、オルガリウスの匂いが残っている。
キルヴァイスは、小さく息をつき、穏やかに目を細めた。が、次の瞬間には、目を見開いた。
全て、思い出した。
だが、分からない。何故、自分は生きている?
キルヴァイスは、幼い頃から、執事見習いとして魔王オルガリウスに仕えていた。
オルガリウスは、髭面で、大柄で、豪快な漢だった。
キルヴァイスは、尊敬と共に、オルガリウスに尽くしていた。
父に代わって執事となり、数年が経った頃、勢力を伸ばしていたヴァルディシオンが、オルガリウスに戦いを挑んできた。
勢力を伸ばしていたとはいえ、ヴァルディシオン勢はまだ魔王軍に比べれば少数だった。しかし、電光石火の勢いで、魔王の居城まで駆け上がって来た。
キルヴァイスは、オルガリウスと共に戦った。
負ける筈が無かった。
だがオルガリウスの首は、ヴァルディシオンの手により、キルヴァイスの目の前で刎ねられた。
キルヴァイスは、最後の戦いを挑み、そして――。
自分は、死んだ。
ヴァルディシオンの振るった、魔剣に貫かれて。
確かに心臓を貫かれた。
自分は血を吐いて、倒れた。
いかに魔族であろうと、魔王の剣ボルガングに貫かれては、速やかな回復ができない。
あそこで俺は死んだ筈だ。
何故、死ななかった。
何故・・。
キルヴァイスの目から、涙が零れ、頬を伝った。
オルガリウス様・・今暫く待ちを。私もすぐに参ります・・。
ふいに、窓際に気配を感じて、キルヴァイスはとっさに上半身を起こした。
「うっ」
激しい痛みが走った。自分の胸を見ると、大きな刺し傷が生々しく残っている。
助かったとはいえ、傷は完全に塞がってはいなかった。激痛に、呼吸が乱れる。
胸を押さえながら、窓際を見る。黄金色の月を頭上に背負い立つその男。
腰まである長い黒髪。すらりとした長身。彫りの深い顔に金色の瞳。
新たに魔王となった、ヴァルディシオンだった。
キルヴァイスは、苦痛に顔を歪めた。
涙を見られた!なんという屈辱!
「いつからいた・・?」
ヴァルディシオンは、にやりと微笑んで、答えなかった。
キルヴァイスは、はっとなる。
「まさか・・俺を助けたのは、お前か・・?」
ヴァルディシオンは、微笑んだ。
「”鎖”の具合はどうだ?」
「何?」
「お前はもう、俺に逆らえない」
キルヴァイスは、目を見開いた。
ヴァルディシオンは、微笑む。
「血の契約。お前は俺の血を飲んで蘇生した。いわば俺の命を喰らったお前は、俺の命が尽きるまで、俺に従わなければならない。無論、俺の許し無く死ぬことも出来ぬ」
「貴様!!」
怒りと殺意が沸騰した。途端、キルヴァイスの心臓は、いばらの鎖で締め付けられ激痛が彼を貫いた。
「がはっ!」
キルヴァイスは、呻いた。くそっ。畜生!
かつて、キルヴァイスは、自らの意思でオルガリウスとも血の契約を結んでいた。オルガリウスの死する時が、自分の死する時と思っていた。ヴァルディシオンに戦いを挑んだのも、倒す為というより、殺してもらう為だった。
それをこの男は・・!
ヴァルディシオンは、にやりと微笑むと、一瞬にして、姿を消した。
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