友達は魔法使い

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 この世に不思議なこと何てないと思ってる。たぶん、人は信じられない現象や理解できない出来事に直面したとき、不思議という言葉を用いるのだ。自分を納得させるために、理解できないことを不思議という言葉でこじつけて補完する。それは自分の正気を保つための手段なのかもしれない。  私が思うに、不思議な出来事にはしっかりと理由や原因があって調べてみたら、何だそんなことだったのか、ということも沢山あるはずなのだ。不思議という言葉で片付ければそれまでだけど。理解できない現象について必要以上に怖がるのもどうかと思う。分からないのに怖がる何てそれこそ不思議なことだ。分からないのだから、本当に怖いかどうかそれさえ分からないはずなのに。  ただし、知ってさらに怖さを増すことがあるのも事実なので、怖がる何て馬鹿らしいとも言い難いわけで。  古い書物には妖怪が登場するけれど、それは当時の人々が不可解な出来事に理由付けするためのものだと思ってる。今では科学技術の進歩でそういった不明瞭な類のものを信じている人はほとんどいない。この世に妖怪がいると声高に言いふらせば、たぶん私は頭のおかしい人間扱いされるだろう。まあ、もしかたら科学がさらに進んで妖怪が生物として存在を確認されるかもしれないのだけど。それはそれとして。  そもそも新人類が始まってまだ二十万年しか経っていないのだから、解明されていないことがあって当たり前。宇宙規模で考えれば、二十万年というちっぽけな時間で分かった気になっている方がおかしい。二十万年周期でしか起こらない現象だってあるかもしれないのだから、それを目の当りにした人は不思議なことが起こったと思うのも無理はない。  それが明確な理由のある現象だとしても。  例えば、幽霊や怪奇現象みたいなものだって、きっと何かしらの理由があるはず。現時点の科学技術では解明されていないだけで。所謂、霊魂なるものの正体が科学的に証明されれば、それは漠然と怖いという認識ではなくなると私は思う。  だから。  今、私の身の回りで起こっている現象も不思議なことではないはず――なのだが、今直面している現象も現在の科学技術では解明できていないようだ。  空は青々としていて、遠くの方では山のように膨らんだ入道雲がどっしりと腰を据えている。  じりじりと夏の日差しが地面を照りつけていて、外で活動する者の体力を確実に奪っていく。  かくいう私は、そんな暑さにも拘わらずマンションの屋上にいた。マンションの屋上は四方を柵で囲まれているだけで、灰色の平らなコンクリートが一面に広がっているだけの面白みのない場所である。  唯一あるとすれば、小屋みたいなでっぱり部分――屋上へ出るための出入り口にあたる部分が何となく秘密基地っぽい感じがするくらい。  私のいる場所はちょうどそのでっぱり――塔屋って言うんだっけ? それが日差しを遮って、日陰を作っているところ。ただ、日陰と言ってもクーラーが効いているわけではないので、涼しくはない。じっとしているだけで額に汗が滲んでくるほど暑い。  こんな思いをして外に出る必要はないのだけれど、私は屋上にいる。  誰かを待っているわけではない。景色を眺めに来たわけでもないし、空が好きだとかそんな理由があるわけでもない。ただ、家でじっとしているのが嫌だったから。どうせじっとしているのだから、家でも外でも一緒だろうけど。一日一回は外に出ようと決めているのだ。皆外で活動しているのに私ばかり家に籠っていると、自分だけ世界から取り残されている気がするから。それでぎりぎり人間として保っている。  つまり深い理由はないということだ。外にいる時間だってそんなに長くはない。いつも漫画を一冊持って行き、読んだらすぐに家に戻る。それで終わり。  それが私の日常。  今日だって、いつもと変わらず茹で上がるような暑さに耐えながら漫画を読んでいる。平和そのもの。代り映えのしない日常だ。  ただ。  一点おかしなことがあるとすれば、目の前で魚が泳いでいる――ということだ。優雅に空を漂っている魚。それも一匹ではなく群れで泳いでいる。何匹いるだろうか。ぱっと見、五十匹くらいはいるかもしれない。それらは一メートルほどの魚もいれば、手のひらサイズの魚もいて大きさはまちまちである。  この町で十七年生きているが、こんなもの見たことも聞いたこともない。  はじめ鳥の新種かと思ったけど違うようだった。それらは尾びれや背びれもあり、紛れもなく魚の形をしているのだ。魚の種類には詳しくないけど、スーパーとかテレビで見たことあるあの姿。色は半透明で心なしか発光しているようにも見える。前に深海魚をテレビで見たけど、それに似ているような気もする。  この生物は一体何だ。魚は水の中を泳ぐのではなかったのか。  トビウオみたいに空を飛ぶ魚がいることは知っているけれど、それだってずっと飛んでいるわけではなく海の中にいることも多いはずだ。しかし今私の目の前を泳いでいるそれらはゆらゆらと空を泳いでいる。彼らにはどうやら重力の法則が通用しないみたいだ。  一度空を泳いでいる魚に触ろうとしたけど、素早しっこくて、空を縦横無尽に泳ぐので近づくことすらできなかった。まあ、今はその興味も遠い彼方に行ってしまったから触ろうとは思わないのだけど。 この空を泳ぐ魚は、ある日突然私の住む町に現れた。たぶん、ここ一週間の話だと思う。  ネットやテレビでは連日面白おかしくこの話題を取り上げていた。  しかしはっきりとした原因は分からないようで、動物の専門家みたいな人が憶測や類似生物の説明をしながら解説するばかりである。  不可解な現象に町は大いに盛り上がった。お父さんの勤めている製菓会社には既に空飛ぶ魚のお菓子を発注したいと問い合わせがあったのだとか。元々観光に来るような町ではないのだが、大人はこの事態にここぞとばかりに躍起になっているらしい。  でも私にとってそれらはどうでもいいことで、魚が空を泳いでいるからといって私の生活に何の影響もない。私にできること何て何一つないのだから。 いつものように退屈な日々をやり過ごすだけなのだ。  ぎいっという重苦しい音を立てて、屋上の扉が開いた。誰か来たようだ。  入って来たのは私と同じ歳くらいの女の子だった。確か、この子は先週うちの隣に越して来た子だったような。父親は仕事が忙しいとかで一人で菓子折りを持って、うちに挨拶に来たのだ。対応したのはお母さんだったけどリビングから、ちらとその姿を確認した。  お母さんは彼女を偉く気に入ったようで「隣の子はあんたと違って随分しっかりしてるわねえ」と直後に嫌味を言われたのでよく覚えている。  屋上の風が扉の方に流れて行き、肩よりちょっと短い彼女の髪を軽やかになびかせる。彼女は白の半袖のTシャツを肩まで捲くっていて、デニム生地っぽいショートパンツ姿。いかにも夏らしい恰好である。白のTシャツが日差しに 反射しているせいか、その姿はやたらと眩しい。  扉を開けるなり、彼女はおへそが丸出しになるのもお構いなしに、うーんと気持ちよさそうに伸びをした。見るからに陽の気に溢れていて私とは違う人種に見える。絶対に話が合わない。  そう直感し、私は気づかれないように身を小さくして、彼女が屋上の中央まで行ったら急いで建物の中に入ろうと心に決めた。しかしその願いも虚しく、彼女は屋上に出切る前に周囲の様子を見回すようにして、くるりとこちらに顔を向けたのだ。  日陰で小さくなっている私と目が合う――一瞬の間。 「うわあ! びっくりした。人いたんだ」  彼女は驚きのあまり、そんな声を上げて後退った。  私は、その場で固まることしかできずに「どうも」と小さく会釈する。  彼女は余程びっくりしたのか、ふうと何度も息を整えるように深呼吸している。  気づかれてしまっては仕方がないので、私は立ち上がり速やかに屋上を後にしようとした。だが、そうことは上手くいかない。 「ちょちょ、ちょっと待ってよ」  彼女は扉の前で手を広げて、私を通せんぼする。  何で引き留めるんだよ。 「あの、そこを通してもらってもよろしいですか?」  しかし彼女はその問いには答えず、私の顔をしげしげと見つめて、 「あなた……隣の家の子だよね!」  なぜかそう言って、目を輝かせるのだった。  私は嫌な予感がしたので知らを切って、分かりませんという風に首を傾げる。 「ほら、先週隣に引っ越して来た。この前挨拶に行ったじゃん。そのときあなたもリビングから、こっち覗いてたよね」  やばい、ばれている。まあ、ばれていたなら仕方ない。それなら話を合わせるまでのこと。 「あー、隣に越して来た人ね。遠目からだったからよく見えなかったけど、あなただったんだ。その節はどうも。以後よろしくお願いします」  と作り笑顔を浮かべて、私は深々と頭を下げた。 「そうそう、隣に越して来たんだよ。こちらこそよろしく~」  彼女は何が嬉しいのかそう言って、満足そうにしている。私と彼女は少し見つめ合う。気まずい雰囲気を感じた私は「じゃあこれで」とその場を後にしようとするが、 「それで、名前何て言うの?」  と彼女が満面の笑みを浮かべて言った。 「え?」 「だから名前。何て言うの?」  もしかすると面倒くさい子なのか? 空気を察して欲しいものだ。今立ち去ろうとしてたじゃないか。あんまり関わり合いになりたくはないけれど、さっさと答えて立ち去ろうと思う。 「三栗谷(みくりや)ですけど……」 「それは知ってる。挨拶に行ったじゃん。下の名前?」  何で初対面なのにこんなにぐいぐい来れるのか。しかもタメ口なのが少し気になる。  私は彼女の不遜な態度にイラっとして投げやりな口調で言った。 「あなたこそ、先に名前言ったらいいじゃん」  彼女は、悪いと思ったのかあからさまにしまったという表情を浮かべて、 「あっ! 確かに! そうだよね。ごめん、ごめん。ごめんライダー変身! 何つって」  と彼女はよく分からない変身ポーズを取っておどけて見せる。だけど私はそれにどう反応していいのか分からず、ポーズを取ったままの彼女を呆然と見つめるのみ。その場に嫌な沈黙が流れ、空気がどんどん冷たく冴え渡って行く。  今一瞬何が起きたんだ。確か駄洒落みたいなことを言ったような。 混乱していると彼女は頬を赤らめながら、何もなかったようにコホンと咳払いして言った。 「宮東琥珀(くとうこはく)です……」  今まで会ったことのない苗字である。  それはさておき。さっきの駄洒落は何だったのか言及しようとしたけど、死体に鞭を打つような真似だったのでやめておいた。だって彼女は平然としているけど、しきりに目を泳がせて明らかに精神的なダメージを受けているから。 「宮東さんね。私は三栗谷(しずく)って言います……」  そんなわけで私達はお互いの名前を知ったのである。  それからわずかに気まずい空気が残したまま、彼女は自分のことを「琥珀」と呼んで欲しいと指定してきた。友達でもないのにいきなり他人を呼び捨てで呼べるわけもない。  まあ、あっちは私のことを勝手に呼び捨てにしてくるのだけど。  彼女はその後も家に戻ろうとする私を引き留め続けた。屋上から望む町の景色を見つめて「あの建物は何?」とか「あそこは何て言うの?」などあれこれ質問して来るのだ。  うちは丘の上に立つ十五階建てのマンションだから、町にあるものはだいたい一望できる。見晴らしがいいのだ。どうやら彼女は引っ越して来たばかりで、立地を把握したいらしい。  しかしあれこれ立地について聞くが、不自然に空を泳いでいる魚には全く興味を示さない。怯えたり避けたり、必要以上に目で追ったりするのが普通だけど、いることが彼女にとって当たり前と言わんばかりである。  私は日陰で縮こまって暑さに耐えながら、彼女のはしゃぐ様子を見守った。 彼女は暑さも何のそので日向にいるにも拘わらず、屋上の東西南北の四方を隈なく見つめている。彼女にはこの暑さが気にならないのか。  その後一しきり眺めて満足したのか、彼女は私の隣に腰掛けた。さて、これで私の役目も終わりのようだ。やっと解放される。素直にそう思った。  私は「じゃあ、これで」と言って、屋上を後にしようと気怠げに体を持ち上げる。彼女は立ち上がる私の姿をしげしげと見つめて言った。 「あれ、もう行っちゃう感じ?」  まだ引き留めるか。私は至極面倒臭そうな表情を作って、 「うん、行くよ。それとも、まだ何かあるの?」 「ないよ。でも、もうちょっとここにいて欲しいなあ」 「嫌だよ。暑いし」 「これから用事でもあるの?」 「ないけど……」 「じゃあ、いいじゃん。もうちょっと話そうよ」  全然よくないのだが。暑いって言っているだろう。それに何だこの子は、しつこいにもほどがある。私の帰りたい雰囲気を全く察してくれない。 どうしたものかと、私はここから脱する策を思案する。しかしその案が思いつくより先に彼女が威勢よく手を挙げるのだった。 「じゃあ、はい! 質問!」  私は明らかに嫌そうな顔をしてそれを受ける。 「えぇ……何?」 「何で、雫は学校行ってないの? 今日休み? 休みじゃないよね。朝登校してる人見たし。体調が悪そうにも見えないけど何で?」 ぎくりとした。そう、実のところ今日は平日なのだ。夏休みというわけでもない。痛いところを衝いてくる。  彼女は私がここにいる理由を考えているのか、小首を傾げる。私は言った。 「別にあなたに関係ないじゃん」 「そうだけど……。あっ不登校ってやつ?」  彼女にデリカシーというものはないのか。 「違う。今日は行く気分じゃなかっただけ」 「分かった! 学校に友達いないんでしょ! ぼっちって奴?」  まあ流石に友達くらいはいる。嘘ではない。断じてぼっちなどではないのだ。  私は呆れてため息をついた。何だか構っているのが馬鹿らしくなる。そう思いながら問いに返答をするかどうか逡巡していると、彼女はおもむろに立ち上がった。そして目を瞬かせながら私に詰め寄ってきて、あらぬ提案する。 「仕方ないな。そういうことなら私が友達になってあげよっか?」 「いや、遠慮しておきます」  自分でも驚くほど滑らかに即答した。一体どうしたら今の流れでそんな発想になるんだ。  だけど、彼女は友達申請を断られたことに驚きを隠せないようで、ぶつぶつと何が駄目だったんだと考えている。そして頭を抱えたかと思うと、ぱっと顔を上げて言った。 「私と友達になった方が絶対いいと思うなあ。このままだと孤独に人生を終えて、一人でお墓に入ることになっちゃうかもよ? 墓地でも独りぼっち何つって」  これはある種の病気なのだろうか。それとも自覚なしに駄洒落を発しているのか。まあ、どちらにしてもつまらないことに変わりないのだけれど。  私は穏やかな笑みを浮かべて言う。 「気持ちは嬉しいけど遠慮しておきます。ごめんなさい。後、私ぼっちじゃないので」  しかしそれでも彼女は納得してないとばかりに食い下がってきて、 「じゃあ、友達になんなくてもいいから遊ぼうよ」  と懲りずに提案してくるのだ。どうしてそんなにも私に構って来るんだよ。友達なら自分の方こそ学校で作ればいいじゃないか。そういえば彼女も私と同じ歳くらいに見えるけど、学校へ行かなくてもいいものなのか。ふと、疑問が湧いた。 「あのさ」 「何? 遊びでも思いついた?」 「いや、違うから。あなたの方こそ、本当はぼっちなんじゃないの? ほら、昼間なのに私と同じように学校に行ってないみたいだし」  そう言うと、彼女はなぜか得意げに胸を張った。 「実はこう見えても学校は飛び級で卒業してて、既に独り立ちしてるんだ」  にわかには信じ難い事実である。そもそも日本に飛び級なる制度はあるんだっけ。 「海外に暮らしてたってこと?」 「まあ、そんな感じかな」  なるほど帰国子女というわけか。それならいろいろと納得がいく。学校に行っていないこと、自己主張が激しいこと、強引に友達になろうとしてくること、それに笑いのセンスがずれていることも。 「でも独り立ちって言うけど、お父さんと暮らしてるんだよね? それは独り立ちって言わなくない?」 「あれは変に詮索されるのが嫌でお父さんって言ってるだけ。本当は師匠なんだ」 「師匠って仕事の? 職人とかしてるの?」  彼女はその問いににやりとした。そのまま私に手招きするような仕草をして囁くような声で告げる。 「実はここだけの話。私、魔法使いなんだ」 「はあ?」  そんな情けない声が出た。どうやら私は彼女に揶揄(からか)われていたのである。ああ、この暑い中私は何をしていたんだろう。そう思ったら体からみるみる力が抜けいく。もうどうでもいいやと呆けていると彼女は続ける。 「あ、信じてないでしょ。まあ、下界の人はそういう反応するよね。分かる分かる」  とけらけら笑うのだ。そんなに私を揶揄うのは楽しいか。私は怒りから静かに彼女を睨んだ。 「そんなに怖い顔しないでよ。信じられないと思うけど、本当なんだから仕方ないじゃん」  まだ言ってる。流石にこんな雑な嘘に騙されるわけがない。私はぶっきらぼうな口調で言う。 「魔法使いって言うなら、魔法見せてよ」 「そんな簡単には見せられませーん。今魔法を使う必要ないし。だけど、そのうち見せる機会があったら見せてあげるね」 「ほら、やっぱり嘘じゃん」  彼女はそれに、うーんとしばらく考え込んでから何か思いついて、あっと口を開いた。 「マジカルだけに信じてくれると、マジ助かる。動物いっぱいマダガスカル何つって――」  うん、もう駄目だ。彼女とはまともに話ができないみたいである。そう思って、私は無言で屋上を後にする。彼女は慌てて私の去る背に何かを言っていたようだけど、ひたすら無視を決め込んで家に帰ってやった。初対面だからって気を遣って接したのが間違いだったのだ。  そんな感じで私と彼女の初対面は終わったのである。  家に帰ると、おばあちゃんも病院から丁度帰って来たところだった。おばあちゃんと暮らし始めてから、もう四年になる。おばあちゃんは元々一人暮らしだったのだけれど、四年前買い物中に脳梗塞で倒れてしまい、そのときの後遺症で右半身が不随になってしまったのだ。だから、独り暮らしでは何かと不自由ということで一緒に暮らしている。  病院は週一回、お母さんの付き添いの元行っている。病院以外に週三回デイサービスへ通っているので私より日々が充実しているようにも見える。快活で何よりなことだ。  おばあちゃんのことは好きだ。優しいし、ぐうたらしてても怒らないし、お母さんに内緒でお小遣いをくれたりもするから。  おばあちゃんは帰って来た私を見て「おかえり」と笑顔で迎えてくれた。お母さんは帰って来たばかりなのに家の中をうろうろと洗濯物を取り込んだりと忙しそうである。  ただいま、と返すとおばあちゃんは私の顔をじっと覗き込んで言った。 「何かいいことあった?」  いいことはなかったけど、悪いことならあった。  ないよと言うと「あら思い違いだったかね」とおばあちゃんは頭を掻いた。そんなに私は緩んだ顔をしていただろうか。両手で頬を触ってみたが、緩んでいるかどうかは分からなかった。それとも自分でも無自覚的に喜びの感情が湧いていたのか。いやいや、さっきのやり取りでそんな要素なかったし、断じてそれはない――と信じたいのだが。  ただ、彼女が言っていた「マジカルだけにマジ助かる」は少し面白いと思った。
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