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「八朔おじちゃん!」
お父さんの親友で八百屋の八朔幸三さんだった。
紺の傘をさして校門の傍で待っていた八朔おじさんは藍ちゃんを認めると、エラの張った四角く見える顔に、無理やり笑顔を浮かべた。
おじさんのその表情で、藍ちゃんは授業の途中で急に帰ることになった原因が、とても嫌なことだと察して不安になる。
校門のすぐ近くの道端に、他の人の通行の邪魔にならないようにおじさんのワンボックスカーが止められていた。雨にぬれないように傘を傾けながらおじさんと乗り込んだ。
「健一が倒れた」
運転席でそれだけ言うと、おじさんは車を発車させた。
健一というのは藍ちゃんのお父さんの名前だ。
お父さんが倒れた。
言葉がグルグル頭を回るだけで、それがどういうことなのか藍ちゃんはすぐに吞み込めなかった。
おじさんの車にはこれまでに何度か乗ったことがある。お父さんとお母さんはお店で忙しく、休日に藍ちゃんをどこかに連れて行くことはなかった。見かねたおじさんが、おじさんの家族と共に海や山に連れていってくれた。
そのときは車の中はワイワイ賑やかだった。が、今は「健一が倒れた」と言ったきり、おじさんはフロントガラスに目を向けたままだ。
藍ちゃんだって、黙っていた。重苦しく感じる車の中、まっすぐ前を向いていた。車のワイパーが忙しく動いている。どんなに早くフロントガラスを拭いても容赦なく雨は降り続いていた。
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