神条薫子と小鶴スサト

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「まず一の重。小手調べに人気おかずを詰めてみた。蓋を開けて好きなおかずがあると、みんなはきっと嬉しいでしょ? 最初が肝心。名付けて、一年の計は元旦にあり作戦かな」 人気者たちが詰まった一の重を横に置いて、次は二の重を披露します。 「二の重はお野菜たち。新鮮なりんごを加えたポテトサラダに、大人気と言われているカリカリたっぷりのシーザーサラダ、フレッシュトマトにマヨネーズを付けたブロッコリーを添えてるよ。お弁当といえど栄養バランスを考えなきゃ。さりげなくできる女アピールをして、男子の気を引くの。名付けて、気配りサラダ作戦」 一の重の上に二の重を重ねて、三段目を披露します。 「三の重はこれ。シチリア風パスタとミニピザ。お弁当は和食だけとは限らないよ。イタリアンという新しい風を入れて、食べてくれる友達の興味を惹くんだ。名付けて、新規さんいらっしゃい作戦」 トドメと言わんばかりに、わたしは最後の重──四の重をサトくんの眼前へ持っていきました。 「そして、最後に四の重。おにぎりたちだよ。このおにぎりは特に力を入れてて、塩や水などはしっかり新鮮なものを仕入れて使ったよ。具材も昆布やおかかだけでなく、味付き卵や唐揚げなど嬉しいものも取り入れていてね、お漬物もしっかり手作り。この重だけでも満足できるようにしたんだ。名付けて、おにぎり大好き大作戦」 息をつく間も無く説明し、達成感がわたしを気持ち良くします。今日の努力を人に話せたことがまず嬉しくて、これだけでも満足でした。 栄養とボリュームたっぷりのお弁当を見て、わたしは再度確信します。そして、サトくんに自信を込めた瞳で尋ねました。 「サトくん。これで友達、釣れるかな?」 サトくんはとても、とっても顰めっ面でした。こんなに美味しそうなお弁当を目の前にして、よくこんな怖い顔ができるなと思います。 そんなに怖い顔をしなくてもいいですよ。安心してください。ちゃんと保存料は使ってませんよ、と心の中で囁きましたが、どうもそんなことを考えているわけではなさそうです。 やがて、サトくんは顰めっ面のまま言いました。 「かおりーぬ。これじゃ友達は釣れない」 口がぽっかりと開いて、わたしは少しだけ硬直しました。 早朝──朝早くに起きて着替えを済ませ、胸焼けをしながら唐揚げやミートボールを作り、寝ぼけ眼を擦りながら、パスタを茹でていた時に出た爽やかな汗。そんな鮮やかな思い出が、突然味気ないものに変わりました。 「そう、やっぱり……」 わたしは、重箱を元に戻して蓋を閉めてしまいました。悲しそうにパカっ、と蓋の鳴る音がします。 「お米の炊き方が、まだ甘かったかな……」 「違う。もっと別だ」 「違うの?」 「お前はその弁当をどうやってクラスメイトにあげる気だ」 サトくんの言っている意味がわからず、頭の中でシミュレーションをしてみます。 わたしが笑顔で重箱を持ち、クラスメイトへ渡していく姿が思い浮かびました。 「それは、もちろんみんなに声をかけるけど……」 「それができんのか?」 そこで、その映像は途切れました。 急に気温が低くなった時のような、気持ち悪い何かが首筋をよぎります。 わたしはサトくんの言わんとすることにやっと気づいて、溜息をつきました。
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