3 運命の日

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3 運命の日

 永遠に終わらないんじゃないかと思うほど長ったらしいサービスの説明が、いまようやく終わった。あんまり長いんで、世紀をまたいだ気さえする。  保護者の同意が絶対に必要なこと、オキシトシンの効果はあくまで一時的であり、その後の交際を保証するものじゃないこと、供給側はサービスによって起こるいかなるトラブルにも関知しないこと、その他いろいろ。  FCサービス提供はいかめしい某医科大学の実績ある医学博士――とかではなく、風邪やらインフルエンザやらを診てもらってるかかりつけ医が担当することになった。なにかと権威筋にやらせたがる日本らしくないやりかただ。  ネットで調べた限りだと、次のような理由があるらしい。下げ止まらない結婚率をどうにか上昇に転じたい政府としては、FCが結婚率――ひいては少子化対策の切り札になると喝破、光速に迫る勢いで法整備を進め、保険適用までやらかした。国民は自由恋愛にまで嘴を突っ込まれている、恋愛強制社会を打倒せよ!   正直なところ、半分もわからなかった。      *     *     * 「武志くん、君はホモだそうだな?」かかりつけ医のじいさんが診察しながらつぶやいた。「わしは気づいとったよ」 「あんたを性的な目で見た覚えはないんだけどな」 「減らず口を叩くんじゃない、小僧」 「ホモはホモを見抜く。あんたこそぼくを性的な目で見てたんじゃないの」  医者はなにも言わなかった。どことなくいやらしい手つきで粛々と手続きを進めていく。薄暗い電灯、黒ずんだパーテーション、19世紀には画期的だったであろうレントゲン写真を張りつけるモニタ。とても21世紀の設備とは思えない。 「相手はこいつでいいんだな?」老人は携帯端末をくるりと回して画面を見せてきた。「14歳、別の校区、野球部の汗臭いガキだ」  画面を通して彼の顔を見るだけでゾクゾクした。「向こうもぼくのこと気に入ってくれてるんだよね?」 「当然。すぐ向こうにいらっしゃるよ」  ボロきれ同前のパーテーションには、腰かけた人影がぼんやりと映っている。彼がいるんだ。マッチングシステムは神のお告げに等しいので、いちいち直接会って相性なんかを確かめたりはしないのがふつうだ。恋愛経験を積んでおくべき青春はあっという間に過ぎ去るし、どうせオキシトシンの効果で多少のミスマッチは気にならなくなる。なにも結婚しようっていうんじゃない。そのための前哨戦をやるだけなんだから。 「いまから君にホルモンを投与する。同時に彼にもそれがなされる。そのあと君らは邂逅し、あとは若いモンだけでよろしくやってくれてかまわん。いいな?」  よかった。ぼくは小さくうなずいた。静脈注射による投与がなされた。 「ホルモン前駆体は脳血液関門を突破するのにいくぶん時間がかかる。わしはここで席を外すが、タイマーが鳴るまではそこを動くんじゃないぞ」  老人が腰を労わりながら立ち上がり、静寂があとに残された。タイマーが鳴るまで何世紀も経ったような気がした。  30分後、空襲警報みたいな爆音が鳴り響いた。三回鳴ったところで止め、首の凝りをほぐす。パーテーションの向こう側の影が、まるで鏡のように同じ動作をしているのに気づく。パントマイムみたいに同時に立ち上がり、同時に間仕切りを勢いよく開いた。  同じクラスの桃香ちゃんだった。とろけるような笑みを浮かべている。 「武志くん、あたしあなたのこと好きだったんだよ」手を握られた。「ホモだなんて嘘だよね?」  嫌悪感が湧いてこない。彼女がかわいく見えてきた。逃げないとまずい。「近づくな」  脱出口めがけて突進し、ノブを回す。1ミリも動いた気配がない。誰かが向こう側から力の限りの握力でノブを固定してやがるんだ。誰だか見当はついた。 「武志、諦めろ」クソ親父の声だった。「たとえノブを回せたとしても、こっちはバリケードの海だ。出られやせん」 「騙したな、クソ野郎め」 「騙してなんかいない。初恋適合は親の同意があればできる。未成年者の同意がいるとはどこにも書いてない」  なんていう畜生野郎なんだ。 「まあ聞け、倅よ。一度だけでいい、女の子と付き合ってみろ。それでも男がいいってんなら俺も諦める。これはチャンスなんだぞ、まともな男に戻る俺からのプレゼントなんだ」  ありがたくないプレゼントが背中から抱きついてきた。なんてこった、下半身が反応し始めている。よりによって女なんかに! 「武志くん、あなたのことが好き」耳もとで囁かれた。「こっち向いて」
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