マナよりのまな

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それから暫くたった日のこと。 「今日は水族館デートだね、しっかし電車に乗ってる姿も可愛らしい。俺は幸せ者だなぁ〜」 「もう、やめてよ恥ずかしいからー」 あれから追加でMANAを買っては消費してを繰り返した男は既に薬なしではいられない体となっていた。そして今は妻とのデートのため電車に二人で揺られている。 「魚たくさんいるかな〜…いたっ」 「どうしたの?!」 男が何か痛みを突然訴え出した妻を凝視する。そこには小さな子供が電車に揺れにより妻の足を無意識に蹴っている景色があった。 「大きく揺れるとこういうことがあるよね〜、あ、全然大丈夫だからね」 「おいお前」 男は間髪を入れず子供の肩を掴み「俺の可愛い妻が痛がってんだろうが!」と怒鳴る。妻は目を丸くしながら見ていたがすぐに男を止めにかかった。 「ちょっとやめてよみっともないから!」 「ちょっと待ってて足は冷やして置いた方がいいよ……おい!」 男は今度は運転席の方に行き先頭車両のドアを叩きつける。 「揺らしてんじゃねえよ俺らの幸せが台無しじゃねえかよ!」 「お客様落ち着いてください!」 乗務員に止められる男。それを少し遠くから妻は眺める。結局夫婦は次の駅で強制的に降ろされ水族館は諦めることになった。 「はぁ……幸せの水族館デートのはずだったのにちくしょう!」 「ねぇ、最近なんか変だよ…どうしたの……」 妻が恐怖心の混じった声で男に問う。しかし男はそんな妻の質問にも「次こそは邪魔者が居ないように移動出来るようにしとくからね!もう幸せだよね!」と聞く耳を持たない。 そしてそんな男の幸せを過剰に願う故の暴走はそれからも続いた。ある時はレストランで注文を間違えた店員に、ある時は妻の躓いた階段に、男は幸せを阻害するものと見なした者や物に怒鳴り散らすようになっていた。 そんな日が続いたある日の夜、男は仕事の都合によりまたも帰りが遅くなり夜中に家の鍵を開ける。するとそこにはご飯一食分と書き置きがあった。男は不審な表情でそれを見てみるとそこにはこんなことが書かれていた。 「私は私に不器用ながらも好きを伝えてくれて、幸せを探し求めていたあなたが好きだった。隠し事を嫌がりどんなことも正直に伝えてくれるあなたが好きだった。でも今はそんなあなたの姿はどこにも無い、あるのはなりふり構わず愛や幸せを盾にして他人を攻撃する最低な獣だけ。それにせめて怪しい商品を買ったのなら豹変する前に教えて欲しかった。あなたは私に愛情をたくさんくれたけど私はもうあなたを好きでいることは出来ない。さようなら」 「え、なにこれ…こんな好きを伝えていたのに伝わってなかったの…?」 男の額からは大量の汗が流れ落ちる。ふと机を見ると書き置きなどとともにMANAも置かれていた。妻は薬の存在にいつしか気付いていたのだった。 「俺はまだ幸せを伝えきれてなかったのか…ごめんねどうしようもない俺で……」 自分以外誰もいない空間で男は呟く。 「……そうだ、もう一度好きになって貰おう、こんな俺でもまだ沢山MANAを摂取すれば…妻も俺のことまた好きになってくれるはずなんだ…」 男は何錠もの薬を取り出し飲み込む。「一日の朝に一錠だけ」、「自分が心身ともに満たされていない時は摂取してはいけない」そんな薬の禁止事項を男は既に忘れ去っていた。 「すぐに会いに行くからね……そして幸せを伝えに行くからね…」 そういいながら男はMANAを摂り続けた。 ある家での昼のテレビ画面、女性が見ていたバラエティが終わりニュースが入ったとき、冒頭にこのような報道が流れた。 「続いてのニュースです。〇〇市の住宅で男性が倒れているとの通報を受け、男性は即搬送されましたが本日未明、死亡が確認されました。死因は違法薬物の大量摂取による中毒死だと見なされています。専門家によると男性の摂取していたMANAと呼ばれる薬物は対象の気分を高揚させ、判断力を衰えさせたり凶暴にしたりするといった成分が含まれているそうです。」 それを見ていた女性は悟ったかのように涙を流すのであった。 「幸せ」とはどのような状態の時からそう言えるようになるのだろうか。この質問には結局のところ明確な答えが存在しない。しかし「幸せ」とはどのような状態になれば消えていくと言えるようになるのだろうか。この質問には明確な答えがあるみたいだ……。
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