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XXXX年 8月27日 19時37分。
T大学 薬学部研究所。
建物から標的Aが出てきた。
他3人の学生と共にいる。これでは手を出せない。
仕方がないので、一定の距離を置きながら標的を尾行する。
彼らは談笑しながら歩いた。
途中でコンビニに立ち寄ったりもしたが、彼らの進行方向は標的Aの住むアパートで間違いない。
このまま標的Aと別れてくれれば良いのだが……
「ちっ」
私は思わず舌打ちをした。
標的Aは他3人の学生と共に彼の自宅アパートに入ってしまったのだ。
彼が一人になった瞬間を狙うつもりでいたのに、これでは計画を実行に移せない。
「…………」
物陰に身を潜めながらアパートの様子を伺う。
標的Aとその仲間、合わせて4人の人間が部屋の中で食事をしているようだった。
(仕方ない。もうしばらく様子を見て機会を待つか)
私には果たすべき使命がある。
この手で標的Aを始末することだ。
彼に恨みがあるわけではない。それどころか面識も無い。
そもそも、生まれた時代が違うので本来なら相見えることさえ無いはずだった。
だが、深い因縁はある。
金属で出来た私の右腕が、その因縁だ。
私はこの時代の人間ではない。
遥か未来より時空移動の技術を使ってこの地点に来た。
コードネーム・Ω
時空移動の技術を駆使して密かに人類の歴史を修正する組織──人類史是正機構の工作員だ。
組織が私に与えた任務は、この時代で標的Aを抹殺することである。
標的Aはこれより10年後、人類の未来を揺るがす薬を開発する。
それは不治の病を完治させる夢のような薬だった。
この時代の時点ではそうだった。
しかし、彼の作った薬の真の影響は数世代先の子孫に現れた。
一定の年齢に達すると、体の一部が強制的に腐り始めるのだ。
標的Aの薬によって遺伝子情報が書き換えられてしまい、肉体が自壊を起こすようになっているらしい。
そうして、私は右腕を失った。私の仲間も手や足、顔の一部を失っている。
治療方法は見つかっていない。
今のところ、腐食した部分に義肢をあてがうぐらいしか術が無い。
そこで、私が所属する組織・人類史是正機構は、標的Aが薬を開発しない内に彼を抹殺する決断を下した。
その工作員として選ばれたのが私だ。
こうして私は100年以上前の世界にやってきた。
全ては、この時代の内に標的Aを殺す為。
そして、この先を生きる人類を救う為。
(標的A以外の人間を殺すわけにはいかない。何とか機を伺わなければ……)
私は少し焦っていた。
この時代に送られてから7日になる。
標的Aの情報を確認したり、行動パターンの調査をしている内にタイムリミットが迫っていた。
いつまでもこの時代に留まることは出来ないのだ。
期限内に事を済ませて拠点に戻らないと、元の時代に帰れなくなる。
(早く、あいつを始末しないと)
焦燥を募らせながらアパートを監視する。
その時、部屋の扉が開いて中から標的Aが現れた。
他の仲間は出てこない。彼一人だ。
(今だ! 今しかない!)
千載一遇のチャンスだった。
隠し持っていた刃物を握り、私は標的Aに接近する──そして、迷うことなく彼を刺した。
「……よし」
任務は無事に遂行された。
これで時空は、標的Aが学生の内に通り魔によって殺害される世界線に繋がるはずだ。
将来、彼が開発する薬も存在しないことになる。
ああ、金属で出来ていた私の腕が生身にとって変わられる。
これで、私も仲間も皆んな救われる。
現時点では何の罪も無い彼には気の毒だったが仕方ない。人類の為なのだ。
「さて、拠点に戻るとするか」
元の時代に帰るべく、踵を返す。
その時、アパートの扉が乱暴に開かれて、標的Aと一緒にいた男たちが現れた。
『ニュースです。
昨夜、都内の路上にて男子大学生のAさんが通り魔に刺されました。
Aさんは病院に搬送されましたが、間もなく死亡が確認されました。
その場に居合わせたAさんの友人らによって犯人は取り押さえられました。
犯人は住所不定無職の男で“自分は未来から来た”
などと訳の分からないことを言っており、
警察は男の素性を調べるとともに精神鑑定を行う模様です』
(終)
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