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いつもの、いちにち
それから、戸部先生はいつものように教壇に立ち、生徒たちに優しく微笑みかけた。楽しく授業を行うことを心掛け、生徒たちを一番に考えて、子供たちの素敵な明日を想像した。
その日の帰り道。四人は、話しながら帰路についていた。
「もう明日から週末でお休みだね。」
こころが言う。
「オレたちは野球の練習があるもん。」
だいちがどこか誇らしげに言った。一瞬だけ、自分たちには欠かせない用事があると、どこか大人らしくなった気分だった。
「そうなんだ。そらは、ピッチャーの位置、取り返したの?」
こころが聞いた。そらは、すこし自信が無くなったような顔つきになって、
「ううん。べつにとりかえすとか、ないし。」
そらは最近、少年野球のチームでピッチャーの座を、一人のチームメイトに取って代わられていた。それは昨年引っ越してきた男の子で、体は大きく、運動神経も抜群なのだ。
「あいつの球はすごいよ。市内ではとりあえず一番だと思う。」
だいちはキャッチャーをしていて、そらの球もいつも受けていた。
「そうなんだ。よく捕れるね。そんなボール。すごい。」
かおりが言った。
「うん、あれはなかなか捕れるやつっていないと思うよ。中学生でも早い方だよ、きっと。でもさ…」
と、続けてしゃべりだして、
「ほとんど同じところに投げてくるんだよ。ずーーっとさ。だから、捕れるんだよ。もうすこしインコース狙えって言っても、聞かないんだ。相当自信あんだよ、スピードにさ。その点そらは人を見てるから、ヒット打たれても最後はチームが勝つんだよ。オレ最近それに気が付いたよ。」
こころが真剣に話を聞いていた。そして、そらの方に振り返って、すこしからかうように、
「明日の練習、うちらが応援に行ってあげようか。」
そらは、
「ははは、やめてくれよ。集中できないだろ。練習の応援なんて、聞いたことないよ。」
こころは、(言うと思った)というようなじゃれた表情で、笑い返した。
でも、胸のうちでは、
(行きたかったな)
と思っていた。
そんなことを話しているうちに、戸部先生の家の前まで来ていた。四人は自然と緊張する。
「家から離れて歩こうよ。」
かおりが言う。女子二人を守るようにそらとだいちは家から離れて歩いた。そらは、家の方をまっすぐと見て、三階の部屋の窓を見た。カーテンが閉まっている。一羽の雀がいちど窓の桟に掴まるように止まって、すぐに飛び立った。通り過ぎて、しばらく歩いたころ、四人は息をしていなかったかのように、
「っはぁ。」
と声を漏らした。
「なんか、こわがるのも嫌になってくるよな。」
だいちが愚痴をこぼした。
同日、夜。同じ場所で。この家の家主らしい、戸部はるかがヒールをコツコツと鳴らしながら歩いてきた。ギィイ、と音を立てて敷地境の門を開けると、いつもより表情のないはるかが玄関へと向かう。
「おかえり。」
ふと、はるかが顔を上げると、三階の窓から腕を乗せ寄りかかっている男の子がいた。昨晩の青年である。
「お姉さん。」
そう言うと、
「ただいま。」
はるかは安心したような、微笑みを浮かべて青年に言った。
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