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とある家の前で
こころの家から、三人は出かけて歩いていた。話の内容といえばこの町に伝わる、らしい、魔術師のこと。これからどうなっていくのか、不思議とワクワクな感覚で三人は心を躍らせながら。やがて、
「じゃあ、そら、ここで別れようぜ。オレはかおりの家まで行ってそのまま帰るから。おまえは反対方向だし、そのまま帰ればいいよ。」
「ああ、じゃあ、また明日ね。」
やがて、そらはひとりでのんびりと歩いているうちに、陽が隠れていく。
「もう暗くなっちゃうな。母さんからまたしつこく怒られそうだ、急ごう。」
そう思ったのも一瞬。日が暮れている。その言葉を思って、ふと足を止めた。
(この角を曲がれば、あの通りにつく。)
そらは、帰るべき道とは違う方向へ足を向けて、一歩踏み出した。
コツン、コツンと自分の靴音がいつもより大きく聞こえる。自分の息が自分の耳に聞こえてくる。ここで、今日、不思議なことが起こったのだ。あれはいったい何だったのか。それに、こころまで不安な思いをさせてしまった。どこか自分のせいなのではないかと、そらは感じていた。
(でてくるか、また。ここを歩けば…)
心臓が高鳴るのを感じる。息が、はぁはぁと声を上げる。
「でてこいよ。いるなら、でてこい。オレはここに居るぞ。」
なんと男らしい言葉を吐くのか、そらは泣きそうな心を抑えて言葉を発していた。何も知らない人がこの光景を見ていたら、この少年をこそ、なにやら怖い存在としてみるかもしれない。しかし、そらの思いとは裏腹に、返事も反応も一瞬もなかった。気配すら、ない。どこか安心したそらは、くるっと振り返り、家へと帰ることにした。
「こんな時間まで、ほっつき歩いてちゃ危ないぜ、少年。」
ハッと、振り返ったそらが見たのは、目の前の家の庭の柵に座っている少年だった。いや、青年か、おそらくそらよりも年は五つより上だろう。髪の毛は黒というより青に近い。紺色のブレザーにボルドー色のネクタイを締めた制服のような服を着ている。そらは言葉を失った。
「安心しろよ、俺は悪い人間じゃない。」
そう言いながら、ひょいと柵から降りて、そらの方に歩み寄ってきた。
「あんた、だれなの?」
そらは声を振り絞って聞いた。
「この家のもんだ。そういうお前こそ、何者だ。なぜおれに付きまとう。」
彼は親指で後ろの家を指さすと、不思議そうな目でそらを見た。
「今朝、うっかりお前にぶつかっちまった。というか、ぶつかるなんて思ってもみなかった。だが驚かせちまってわるかった。あのかわいい女の子にも詫びといてくれよ。まぁ、俺はごめんって言ったけど。あれも聞こえてたらしいな。」
「うるさい!お前は誰なんだ?魔法使いに作り出された人間か?」
少し驚いたような顔で彼は、
「へぇ、なんか知ってるようだな。」
「本を、読んだんだ、この町の。」
「なに?本を?」
彼はいぶかしげな顔になって、そらを見つめた。月明かりが彼を照らして、彼の目がずいぶん大きいことがわかった。肌は白く、そばかすがぽつぽつとできていて、くちびるはどこか生意気そうにうっすらと曲がっている。左目は前髪で半分見えない。
「少年、なんでもかんでもしゃべっちまうといいこともあるがその逆もあるぜ。覚えときな。」
そらは、いまにも泣き出しそうな気持だったが、こらえて、
「お前は、だれなんだ?」
そう言うと、彼はどこかうんざりしたような顔つきになって、
「誰かじゃなきゃいけないのか?」
そう言って、ぷいと振り返って、目の前の家の柵を飛び越えて消えていった。
「ま、まてよ!」
そのそらの言葉は、まだ少し明るい夜空にむなしく消えていった。
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