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小学5年、春
緊張していないといえば嘘になる。
ワクワクしていないといえば嘘になる。
新学期。少年・広木そらは5年生に進級した自分がどこか誇らしくて、どこか不思議な気持ちになっていた。
今日から一学年上がるというのに、なにか急に自分が大きな通りに放り出されたような、なんとも言えない焦燥感も感じていた。
いつも通り通学路を歩き、朝の静かな住宅街をいつもの速度で歩いていく。太陽は雲に隠れていて、少し肌寒い。
いつもの景色、いつもの時間、それを4年間繰り返して、今日から5年目。それなのに、いつも考えていることは違う。
今日は、「自分がどんなクラスに入るのか」そればかりが頭の中でぐるぐると回っていた。
学校へ近づくにつれて、生徒は多くなっていく。みんな、楽しそうに笑っているように見えて、緊張している自分がたった独りになったようにも感じられた。
(みんな、いつも通り笑ってる、オレは…)
「おはよう、そら!」
自分の考えを遮るように声をかけてくれたのは、遠木(とおき)だいち。会えたことがどこか嬉しそうに微笑みながら、そらの肩をポンとたたいて横に並んだ。
「だいち、おはよう。」
すぐにだいちはそらの顔をみて思った。
「なんかお前体調悪い?ちょっと顔白いぜ。」
そらはハッとして、自分がいかに考え込みすぎていたかに気がついた。
「いいや、元気だよ。いつも通り。」
本当に、だいちの顔をみたそらはいつも通りリラックスして顔にも笑みがこぼれるようになった。
クラス替えに緊張しているとか、得体のしれない不安を感じているなんて、友達に正直に話してみることが、まだそらにはできなかった。それをどう表現したら良いのか、わからなかったし、表現した先も、想像がつかなかった。
ふたりが持っている上履き袋がトンと触れあって、少し回転して、もとに戻った。
「クラス替え緊張するよな。」
だいちは、どこかでそらの考えていることを悟って、いつのまにか声が唇の外に流れていた。それに、だいちもやはりどこかで緊張していたのだ。
「うん。」
少し驚いたようにだいちを見つめて、そらは答えた。
(なんか、だいちも同じこと考えてたのか?そうか、同じだな)
そらはそう感じて、だいちのことを信頼する気持ちがまた大きくなるのを感じた。
ただそれ以上は何も言えなかった。自分でどうすることもできない状況だし、他にかける言葉も思いつかない。
「今日、学校は早く終わるし、放課後遊ぼうぜ。」
だいちは背伸びするように胸を張って、空を眺めて言った。
そらは安心したように笑って
「うん、いいよ。今日は何しようか。」
「こころの牧場行きたいな。」
だいちが言ったのは、新田(あらた)こころという同級生の女子の名前だ。こころは馬の牧場の娘なのだ。
「久しぶりに行こうか。」
そらも楽しそうに返事をする。
その時、
ドン、とそらの肩にぶつかった。
そらは後ろへ大きく転がりそうになった。
それをすぐに支えるだいち。そらの腕をしっかりと掴んで、しかし自分も倒れそうになった。ふたりはお互いの体を支えて上体を起こした。
「あれ?」
ふたりは目を丸くした。
「なにが、ぶつかったんだ…?」
だいちの目にも、確かにそらは前方から来たなにかにぶつかって、後ろへ倒れそうになったように見えた。
しかし、あたりには何も見当たらない。
なにが起こったのかわからないまま、ふたりはあたりをみまわしたり、曲がってきた角を見返したり、近くの家の庭を覗いたりした。
「そら、お前、今誰かにぶつかっただろう?」
「ああ、ぶつかったよ。確かに。でも、誰もいない。何もない。」
ふたりは不思議な気持ちで胸がいっぱいになりながら、だいちはわけがわからない気持ちがついに張り裂けて、笑い出した。
「あはは、なんだったんだ、いまの。」
「とにかく、もう学校に行こう。」
そらが言った。本当は少し怖かった。だいちよりもそらの方が恐怖感があっただろう。確かに、命があるものの感触が左の肩に触れたのだから。
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