01. お前ほかに心残りないのか

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「いや、ふざけてるんですか。私があなたの婚約者? 名誉毀損で訴えますよ」  もはや芸術品とも称される美貌に凄まじい険を刻んだリンソーディアは、あろうことか冷酷非情と名高い第三皇子を睨めつけながら吹雪のごとき声音でそう告げた。この手の噂を聞くのは初めてではないものの、今この時に聞かされると、その荒唐無稽ぶりに憤慨するほかないらしい。  なお、本来であればこの場で切り捨てられてもおかしくはない態度と物言いのリンソーディアに対して、ヴェルフランドは剣に手をかけるどころか、なんとなく気まずそうに目を逸らすだけだ。どうやら彼女と目を合わせたくない心境らしい。 「全部が全部俺のせいではないんだが……まあ一応謝っておく。すまない、俺が悪かった。お前を風避けにして悪かった」 「やっぱり半ば意図的に私を風避けにしてたんですか、この悪党が。まったくとんだ風評被害です。あなたのせいで私がお嫁にいけなくなったら、あなたの靴下全部片方だけ処分しますからね」  フン、と鼻を鳴らしながら冷たい目を向けてくる幼なじみに、悪党とまで貶められたヴェルフランドも「地味に困る嫌がらせだなオイ」と肩を竦めるしかなかった。  しかし彼女が本気で激怒したら枕の下にサソリを仕込むくらいはやりそうなので、靴下が左右でチグハグになるくらいの嫌がらせに留めるということは、そこまで怒ってはいないのだろう。少なくともヴェルフランドはそう思う。  ちなみにここは、皇宮の中でも立ち入りが制限されている皇子宮の一室で、第三皇子のプライべートスペースだ。  現在リンソーディアとヴェルフランドは丸いテーブルを挟んで向かい合って座っており、テーブルの上にはティーセット一式が用意されている。そのため表向きは『第三皇子と婚約者候補の親睦を深めるためのお茶会』に見えなくもないが、そもそも幼なじみである二人にとっては今さら親睦もへったくれもあったものではない。むしろこれ以上知り合いたくない。  少し離れたところから様子を見守っている使用人や騎士たちの手前、リンソーディアは対他人用の上品な微笑みを顔面に貼り付けて優雅にティーカップを傾けた。その所作の美しさに「さすがは腐っても公爵令嬢だな」と感想を述べたヴェルフランドには後ほど毒草でも送りつけてやる予定だ。せいぜい気をつけるがいい。
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