1 私が目覚めた場所

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1 私が目覚めた場所

 横になっている私が重たいまぶたをゆっくり開くと、痛いくらいにまばゆい光が瞳を突き刺してきた。  まぶしっ!  たまらず、すぐにまぶたを閉じる。  しばらく薄目のままにしていると、徐々に目が光に慣れてきたみたい……  再びゆっくりまぶたを開くと、視線の先には見慣れない白い天井があった。  ん?  ここ、どこだっけ?  私の部屋じゃない。  私、どこにいるんだろう?  上体を起こそうとして、我が目を疑った。  私の鼻や口、そして全身には、これでもかっていう位、管やコードが繋がっていた。  何、これ?  どうなっているの?  声が出せないっ!  理解できない恐怖にパニくって、両足をバタつかせながら必死にもがいていた私の所に、看護師さんらしき女性が駆け寄ってきた。 「桐島さん、大丈夫ですよっ!  落ち着いてください。  ここは病院です。安心してください。  ちゃんと呼吸ができるように気管に管を入れています。  ですから、しゃべることができません。  今、先生を呼びますから、落ち着いて。  このまま待っていてください。」  私が反射的に首を縦に数回振ると、看護師さんは、そう言い残して部屋から出ていった。  待って!  独りにしないでください……  どうやら、私は病院のベッドに横たわっていて、治療を受けているらしい……  でも、病気を患っていないと思うから、どこかに怪我をしたのか?  どんどん不安が大きくなっていく。  横を見ると、私とコードで繋がっているモニターのようなものが見えた。  モニターが載っているカートの表面は滑らかで光沢があった。  その表面に、ぼんやりと私の顔が反射して映し出されていた。  あっ?  映し出された私の頭には包帯が巻かれて、白いネットのようなものが被されている。  その頭は、髪の毛がキレイに剃られて、坊主頭になっていた。  マジ?  どうやら、頭に怪我をしたらしい。そうと分かった途端、頭がヅキヅキと痛み出した。  痛くても、喉に入っている管のせいで声が出せない。  そのことに動揺して、呼吸が乱れる。  私が無言でジタバタしていると、白衣を着た医師らしき男性がさっきの看護師さんを引き連れて現れた。 「桐島さん、桐島弥生さん。  気がつきましたか?よかった。  落ち着いて。  気を静めて、ゆっくり呼吸をしてください。」  私はちょっぴり安心して、小さく頷いた。 「はい、いいですよ。  この光を目で追ってみてください。」  その男性はそう言うと、ペンライトのようなものを私の顔に近づけて、上下左右に動かした。  私は言われた通りに両目で光を追った。 「……大丈夫ですね。  ここは四谷にある病院の集中治療室です。  私は医師の下条といいます。  あなたは頭部に深刻なダメージを受けて運ばれて来ました。  運ばれてきた時には、あなたの意識はなく、このICUで3日間昏睡状態でした。  意識が戻って、本当によかった。  今は混乱していると思いますけど、大丈夫です。  安心してください。」  ……私は、何となく我が身に降りかかった出来事を理解した。  ただ、原因が分からない。  どうして私は頭に大怪我を負ったんだろう?  とにかく、目は口ほどに物を言うらしいから、私は目でありがとうございますと下条先生に伝えてみた。  すると、先生は「頭皮に裂傷を負って12針縫合しました。  そして、後頭部の頭蓋骨にはひびが入っていましたが、幸いなことに脳に損傷は無いようです。快方に向かうと思いますよ」と、優しく微笑んだ。  私はゆっくりとうなずいた。 「呼吸を助けるために管を入れていました。  今取りますから、力を抜いて楽にしてください。」  看護師さんが手際よく私の口の周りのテープを剥がすと、先生が管をゆっくりと引き抜いた。 「ウエッ、ゴホッゴホッ!」  私は、えづきながら、豪快にヨダレを垂れ流してしまった。  25歳にもなって人前で醜態を晒すとは……  看護師さんが私の背中をさすりながら、口元や胸元を丁寧に拭いてくれた。  有難いやら、恥ずかしいやら。 「ア、アリガトウゴザイマス……」  久々に言葉を発したせいか、カタコトのような言葉でお礼を言った。 「何か聞いておきたいことはありますか?」  先生はモニターを確認しながら聞いてきた。 「あの……私はどうして頭を怪我したんでしょうか?」  下条先生は私の方に振り向いた。 「私には、詳しい事情は分かりません。  おそらく、警察の人が来て説明してくれると思います。  桐島さんの所持品も警察が預かっているみたいです。  でも、今は治療が最優先です。」 「はい、分かりました。」 「それでは、安静にしていてください。」  下条先生は、そう言い残して、看護師さんと共にICUから出て行った。  再び独りになった私は、見るともなく、天井を眺めていた。  怪我をしてからの記憶はない。思い出せない。  怪我をする前は……何をしていたっけ?  誰かと会う予定だったか、会っていたような気がする。  ウーン……そうだ、私のスマホは?  どこ?  あ、そうか、警察か、多分……  その日のスケジュールが思い出せん……  私は、知りたい答えが見つからないまま、睡魔に襲われ眠りに着いた。 ◇ 「……今、眠っていますので、後にしてもらいませんか?」 「意識は戻ったんですね?」 「はい。ただ、心身に強いストレスを受けていますから、無理をさせたくありません。」 「それは分かるんですが……」  眠りから覚めかけている私は、遠くの方で男性2人が会話している声を聞いた。  上半身を起こして、声が聞こえる入口の方を見ると、下条先生と見覚えのない若い男性の姿が見えた。  その若い男性は私と目が合うと、私に会釈しながらICUの中に入ってきた。 「桐島弥生さんですね?」 「はい。」 「意識が戻って本当によかったですね。」 「え?はい……ありがとうございます。」  私は見知らぬ男性に多少怪訝な表情をした。 「あっ、すみません。  私、城西警察署刑事課の如月といいます。」  そう言って、その男性はスーツの内ポケットから警察バッジの付いた身分証を取り出すと、私に見せた。  本物の警察バッジを見たのは生まれて初めてだ。  如月さんは、身分証をしまいながら、心配そうに「頭の傷、痛みますか?」と尋ねてきた。 「はい、まだ少し。でも、大丈夫です。  ……私、どうしたんでしょうか?  何があったのか、教えてください。」 「何も覚えていませんか?」 「はい。  覚えていませんし、思い出せないんです。  何があったんでしょうか?」  如月さんは近くにあった丸イスを引き寄せて座った。 「桐島さん。  あなたは、4日前、つまり9月12日の土曜日の早朝、山手通りの歩道上に倒れているところを、ジョギングをしていた人に発見されました。」 「山手通りですか……」 「はい。頭から血を流して倒れていました。  ただ、その現場で事故に遭ったり、事件に巻き込まれた形跡は見つかっていません。  桐島さんが受けた怪我は、何か鈍器のようなもので殴られたか、先があまり鋭くないものに頭部をぶつけた可能性が高いと外科の先生が説明してくれました。  しかし、現場にはそのような鈍器や頭部をぶつけたような痕跡は見つかっていません。  加害者がいて、その者が鈍器を持ち去ったのか……  それとも、どこか他の場所で怪我をされて、倒れていた場所まで歩いてきたのか、誰かに運ばれてきたのかもしれません……  現状において想定される選択肢は複数あります。まだ絞り切れません。」 「私は何者かに山手通りまで運ばれたんですか?」 「その可能性も否定できないということです。  ……桐島さん。  失礼ですが、誰かに恨まれているようなことはありませんか?」 「誰かに私が……ですか?」  如月さんにそう言われると、得も言われぬ恐怖心が湧き上がってきた。 「はい。何か心当たりは?」 「そう言われても……特には……思い当たりません。」  どちらかと言えば、地味目な人生を送ってきた私……  人に恨まれるようなことはないと思うけど……  そう断言できる根拠もない。 「そうですか……  些細なことでも構いません。  何か思い出したら、教えてください。」 「分かりました。」 「警察の捜査は事故と事件の両面で進めています。  ただ最近、同じような被害に会っている人がいるので、私は事件性があると考えています。  怪我をされる前のことは覚えていますか?  どこにいたとか、誰かと会っていたとか。」 「それが全然思い出せないんです。」  私は無意識のうちに右手を頭部の傷に当てがっていた。 「無理はしないでください。」  如月さんは私を気遣ってくれた。 「はい、ありがとうございます。  ……あの、私の持ち物はどこにありますか?」 「署の方で保管しています。バッグとパスケース、後ほどお持ちします。」 「バッグとパスケース……  スマホや財布はバッグの中ですか?」 「スマホと財布ですか?  バッグの中には入っていませんでした。」 「えっ?  スマホや財布を持たないで出掛けることは無いので、バッグの中にあったと思うんですけど……」 「バッグの中にはパスケースしか入っていませんでした。  それで、桐島さんの身元を確認することにも手間取ってしまって……」 「無いんですか……」 「バッグの中にも、身の回りにも、スマホと財布はありませんでした。  間違いなく持っていたんですか?」 「はい、出掛ける時にスマホを持たないことはありません。  スマホがあれば、その日のスケジュールも分かると思うんですけど。」 「盗られたか、それとも無くしたか、ということですね。  犯人がパスケースを残してスマホと財布を持ち去ったのであれば、強盗目的で襲われたのかも知れません。」 「見つからないでしょうか?」 「強盗犯であれば難しいですね。」 「強盗犯……」  なんだか怖くなってきた。 「大丈夫です。我々が守ります。」  私の心情を察したように如月が言った。 「ありがとうございます。」  如月さんの言葉は心強かった。 ◇  入院して1週間もすると、警察から外と連絡する許可を貰った。  危険回避とかマスコミとかの対策らしくて、それまでは連絡しないようにとの要請だった。  早速、会社に連絡すると、私のことはニュースや警察から聞いて知っていたようで、受話器の向こう側でみんなに心配された。  そう言えば、公衆電話で電話を掛けるなんて、いつ以来だろう。  事件当日のことを同僚に確認すると、私は、普段通りに退社して、特に変わったところはなかったらしい。  それじゃあ、私は、あの日、退社してから何をしたんだろう?
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