第百二十話 砂時計が尽きるまで⑤

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第百二十話 砂時計が尽きるまで⑤

『私は奏多くんが……『破滅の創世』様が大好きです』 沁みいるような声が聞こえた。 熱を放っている心が、どこか安心させてくれる。 こうして存在を感じているだけでも、安らかな気持ちにさせてくれた。 『『破滅の創世』様にとって、人の心は不要なものかもしれないです。……でも、奏多くんが心を知らなければ、私はこんなにも奏多くんを好きになることも、愛おしく思うこともなかったんです』 また、聞こえた。 なんて温かい。 なんて心強い。 とてもとても優しい声。 それは……大切な幼なじみの声だった。 何を信じるなんて……そんなの……。 大切な人が覚悟を決めて、自分を切望する。その独占じみた想いに、奏多の胸が強く脈打った。 そんなの決まっているだろ……! 奏多は知っている。 そんな素敵な温もりが、最期までこの胸に寄り添う理由を。 「……でも」 『破滅の創世』だからだろうか――。 この状況に囚われてはいけない、という何か不安めいたものが心に浮かんでいた。 この世界を正さなければならない、という確信めいたものが心に浮かんでいた。 奏多が抱える矛盾した思いは、彼の胸を苛み続けていた。 「俺は……」 奏多が事実を知ろうとすればするほど、どれが『正しい』かは分からなくなってくる。 誰かにとって悪だったものが、別の誰かには善となる。 人と神。相容れない思いがぶつかり合う。簡単に答えなど出ようはずもなかった。 だけど、奏多を導くように……滲み出るように心に湧いてくる、一つの記憶があったから。 ――――そう。 いつかの……あの台詞が…… 『もう失うのは嫌なんだ……。蒼真(そうま)に傍にいてほしい』 ……蒼真。 あれは、誰のことだったんだろうか。 記憶が鮮やかに、蘇る。  『慧にーさん、慧にーさん!』 『つーか、蒼真、あまり無理するなよ』 兄弟は公園を燥いで駆け巡り、そのたびにどうでもいいことで一喜一憂する。 誰かに生きた証を見てほしかった。傍にいてほしかった。 ――それを望んだのは誰の心だったのだろうか。 だけど、願わくば見て見たかった。 この胸の奥底を灼く焦燥にも似た、けれどより甘やかな感情の正体は何なのかを。 「お願いします。奏多くん、負けないでください……」 その時、水の中で聞くようなぼやけた声が、どこか遠くから聞こえてきた。 それは結愛の声だった。 人間と神を阻む壁はあまりにも高く硬い。 それでも奏多と歩む未来が見たいから。その幸せが欲しい。 それがいつになるか分からなくても、遠い遠い先の話であっても。 いつかは共に進むことくらいはできるのかもしれないと結愛は信じて。
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