ぼくのすきな海

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 夏休みも半分が過ぎた。ぼくは画用紙やら筆箱やら絵の具やらを持って家を出る。夏休みの最後の宿題を終わらせるためだ。ぼくが住むのは海辺の町。石だたみの道を下り、駄菓子屋の前にある赤い丸型ポストを横目にさらに下る。すると見えてくる。真っ青で大きな海。ぼくの大すきな夏の海だ。どの季節の海もすきだけれど夏の日差しに照らされた海が一番きれいだからだ。けれどきらいなものまてま見えてくる。観光客だ。どうしてきらいかって観光客は声をかけてくるし、海を汚すし、騒がしいし。まあその他にも色々。ぼくは夏になるとすきなものときらいなものをいっぺんに味わわなくちゃならない。海の家の裏側を通ると岩場に出る。小さな岩や中くらいの岩をこえると一際大きな岩が現れる。そのとなりがぼくのいつもの席だ。座りやすい岩と足をのばしやすい平らな岩、一際大きな岩がかげになって暑くないし風の通り道になっているのだ。美術の宿題は身近なもの、だった。ぼくにとってそれは海というわけだ。ここは観光客も来ない。良い場所だ。  ぼくは早速、こしを下ろす。そしていつもは足をのばしている岩を机にして画用紙を広げた。まずは構図を決めようと両手の人差し指と親指を使ってカメラのポーズ。どの景色を切り取ろうかとながめる。ぼくは太陽が真ん中の上の方にくるようにした。太陽に照らされてかがやく水面がこの絵の中心だ。えんぴつを持ち、ざっと下絵をかく。ぼくは絵をかくよりぬるほうがすきなのだ。ぼくはえんぴつを置き、水入れに水を入れようと立ち上がる。絵の具って海水でといても良いんだろうか、なんて思いながら海水をくむ。でもそんなこと涼しい風がどうでも良くしてくれた。しかしぼくの気分は急降下する。水着を着た同じ年くらいの一人の男の子がぼくの席に座っていたからだ。ぼくの席に勝手に座るなんて、ぼくの絵を勝手に見るなんて、これだから観光客は。カッとなって早足になった。 「どいてよ」  そう言ったぼくの顔はゆがんでいるにちがいない。 「ああ、ごめん」  男の子は笑って席から退いた。  ぼくはドカッと席に座り机に水入れを置く。そしてパレットに青、黄、白、黒、と絵の具を次々に出していく。ぼくはイライラしていた。あの男の子がとなりに立ってぼくを見ているからだ。こっちから声をかけるのはもういやだった。ぼくは筆をぬらす。 「待って」  男の子がぼくのうでをつかんだ。 「わっ」  ぼくの手から筆が落ちる。 「ごめんごめん。でもぬる前に下絵をうすくすると良いよ」  男の子は筆をひろってぼくにわたした。 「なんでだよ」  ぼくはギロリと男の子をにらむ。 「良いかんじになるから」  男の子はまた笑った。 「フンッ」  ぼくは適当なことを言っている男の子に腹が立った。そしてそれを実行しようとしている自分にも腹が立った。  ぼくは筆を置き消しゴムを手に持つ。腹は立っているけれど絵に当たってはいけない。ぼくはていねいに消しゴムでうすく下絵を消していった。これで良いだろうと満足してぼくは筆を持つ。空からぬろうと青い絵の具をつけた。 「待って」  まただ。男の子がぼくのうでをつかんだ。 「わっ」  そしてまたしてもぼくの手から筆が落ちた。 「ごめんごめん。でも色を付けずに水でぬらすと良いよ」  男の子は筆をひろってぼくにわたした。デジャヴュなのか、とぼくは変な気分になる。 「なんでだよ」  ぼくはさっきと同じように続けることにした。もちろんギロリと男の子をにらんで。でもある感情がこみ上げていた。 「良いかんじになるから」  男の子が笑う。さっきと同じだ。 「クッ」  ぼくはたえられずに笑ってしまった。 「なんだよ」  男の子はなんだかわかっていないながらふふふと笑った。  ぼくはずっとクックックッと笑いながら筆を洗い空をぬらしていく。それが終わると青い絵の具をつけ太陽と雲をよけて上からぬっていった。ぬり終わった空を見ると本当に良いかんじだった。いつの間にか男の子はとなりの岩に座っていた。  ぼくは筆を洗い黄と白を混ぜる。 「夏の太陽ってレモンケーキみたいじゃない?」  ぬりながら男の子に問いかける。 「とけたレモンケーキだ」  男の子は空にある太陽を見つめる。その顔は太陽の熱さでとけている。  太陽は夏になると自分を少しずつ切り分けてレモンケーキとして近くの星に売っている。それは熱くてとけていて美味しいと評判なのだ。太陽なんて本当は食べられないけれど。そんなことを考えながらぬった太陽はどこかとろりとしている。  筆を洗い、ぼくは白を取る。 「わたあめ、自分で作ってみたいよね?」  モクモクとした入道雲をぬりながら男の子に問いかける。 「ぼくは作ったことある」  男の子はじまんげに言う。わたあめを作ったことがあるなら当然だろう。  入道雲の中にはわたあめを作るおじさんがいる。流行りの色んな色のわたあめなんか作らずにひたすら白いわたあめを作るおじさんだ。どうして入道雲の中にだけいるかというと多分、入道雲の中でだけお祭りが行われているからだ。実際には雲の中におじさんなんている訳はないけれど。そんなことを考えながらぬった雲はどこかふわふわしている。  筆を洗い、ぼくは青を取る。 「あの宝石をすくえたら良いと思わない?」  宝石の散らばる海をぬりながら男の子に問いかける。 「みんな欲しくて泳いでるのかも」  男の子は海で泳ぐ人々を見つめる。あんなにいっぱい人が集まるのには理由があったのだ。  ぼくは筆を洗い、白を取る。きらめく宝石をぬるためだ。あの宝石はくじらの出すあわなのだ。くじらは呼吸をする度に宝石をはき出す。人々は宝石を取ろうと必死だ。その下にはくじらがいるのだ。くじらが出すのはただのあわだと知っているけれど。そんなことを考えながらぬったきらめきはどこかギラギラとかがやいている。  筆を洗い、ぼくは黒と白を混ぜる。 「この砂はまの色、バカンスっぽくないよね」  砂はまをぬりながら男の子に問いかける。 「ああ。刑事もののニ時間ドラマっぽいよ」  男の子はキリリと刑事の顔をする。  ぼくもその真似をした。その通りだと思ったからだ。ぼくはニ時間ドラマがすきだ。学校が終わって家に帰るとちょうど始まっていたりする。そういう時、ぼくはラッキーとばかりにテレビの前で片ひざをついて犯人はこいつだ、などとつぶやきながらのめりこむのだ。この砂浜はニ時間ドラマの刑事たちがくつの裏のみぞにつまらせてきた砂で出来ているのだ。これってあり得るんじゃないか? などと考えてしまうぼくがいる。そんなことを考えながらぬった砂はまはどこからかしぶいエンディングテーマ曲が聞こえてきそうだ。  ぬり終わり、満足して自分の絵を見る。しかしぼくはしっくりこなかった。何かが足りないのだ。海に目をやる。もしや、といやな予感がした。 「きみがいつも見ている海をかけば良い」  男の子は最初と変わらず笑っていた。 「そうだな」  ぼくはそれにこたえるように笑った。それでもため息が出た。  筆を洗い、ぼくは黒を取る。ポツポツ、ポツポツと書き足していく。それは観光客だ。出来上がった絵を見てぼくはさっきよりも深くため息をつく。どうして海に観光客ってのは似合ってしまうんだろう。ぼくもこの絵を気に入ってしまった。こんなにも観光客をきらっているのに。ぼくはハッとする。観光客のいる海がぼくにとって普通だったからだ。こんな発見したくはなかったけれど。題名は海の引き立て役にしておこう。
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