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プロローグ そふとそぼ
「次、停まります」
機械の音声がバスの車内に響くのと同時に、正面の電光掲示板に文字が映し出された。
隣に目を向けると、小学校低学年ほどの少年が若干高揚した目で光るボタンを見つめている。
ずっとボタンを押すタイミングを図っていたのだろう。
次の終点で降りる準備をしていた乗客の間にあたたかい空気が広がった。
父方の祖父母のもとを訪れるのは、ここ3年ほどは年末年始だけとなっていた。
祖父が寝たきりの状態で病院から戻ってきてからだ。
「あんたの顔も見えてるかどうか分からんから、来んでいい」
祖母の言葉には寂しさも強がりも気遣いも、何の意図も温度も感じなかった。
ただ、家に帰ってきてからの祖母は二人だけの生活を楽しんでいるように、僕には見えていた。
バスを降りてすぐさま吹き付けてくる冷たい風に身を縮こませながら歩きだす。
住宅地に入って5分ほど歩けば、祖父母が住む一軒家だ。
僕は、田舎の年末の風景が子供の頃から好きだった。
大人たちが呆けた顔で、いつもの半分ほどの速さで足を運んでいる。
大切なものや守るべきもの、やるべきことなんてこの世に無いように見えた。
道中で思い当たることがありハッとした僕は、最短ルートを外れて脇道に入る。
おぼろげな自分の記憶に引っかかる何かを感じ、僕はとある民家の前で立ち止まった。
そこは、僕が子供の頃に遊んでいた犬が飼われていた家だった。
ここに住んでいた薄い茶色の大きな雑種犬は幼い僕にとって恐怖と好奇心が入り混じる興味の対象であり、動物に与えてはいけないものの分別など無かった僕はお菓子のカケラなどをよく食べさせていた。
周囲に人がいないことを確認し、柵の間から庭の中を覗き込む。
しかし、柵の向こうに見えるのはキレイに手入れされた花壇だけだった。
自分の記憶違いなのか、犬はすでにいなくなってしまったのか。
判断がつかないまま、僕はそこを離れた。
***
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