秘密のおくすり

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「芥川先生。まあまあ、そう焦ることはございません。は、大量に用意してございます。そもそも河童というのは想像上の生き物でございますから、生身の人間が、架空の生き物になるなどという事は非科学的で不可能かと思われます」 40男は、眉をひそめて、そんな事を言い出す。 「河童になる事が非科学的だと言う、君こそ非論理的じゃないか。そもそも、なりたい自分になる、という事、そのものが非科学的ではないか。僕が楊貴妃になりたいと言えば、男が女になる事も非科学的だし、僕が赤ん坊に戻りたいと言えば、大きな身体が小さくなる事も非科学的だ。河童が非科学的だと言うなら、何なら非科学的ではないのかね? それを論理的に整然と説明してくれたまえ」 40男は腕組みして考え込んでしまった。 僕は呆れ返って、こう質問した。 「そのというのは、精神を撹乱して幻惑を見せるものではないのかね? 実際に、毛が生えたり、手足が長くなったりするというのかね?」 すると40男は、僕の顔をまじまじと見つめ返して答えた。 「はい。このは、どうやら本当に毛が生えたり伸びたり、手足が長くなったりする事を、今、確信致した次第です」 「何と! それは素晴らしい。ここだけの話だがね。僕は最近、薄毛に悩んでいるんだ。僕は、ただそれだけのために、もう、この辺で死んだ方がいいんじゃないかとさえ思っているのだよ。芥川龍之介のイメージが、汚らしいハゲ親父として永遠に人々の胸に焼きつく事だけは避けたいのだ」 「わかります。その悩み、痛いほど、よくわかります。僕も、このところ、それが一番の悩みなんです。僕がなりたい自分、それはただ、毛がフサフサの自分です。それ以上は何も望まない。ただ、それだけでも叶えられたら、と真剣に研究を進めて、今、正に、その悩みを解決できる夢のが出来上がったのです」
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