夏休みの懺悔

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夏休みの懺悔

 八月二七日、夏休みが終わる。尚、宿題は終わっていない。  漢字ドリルが三ページ、算数スキルが八ページ、漢字ドリルはきっとすぐ終わる。算数スキルもまあ、血反吐吐きながらスプラトゥーンを我慢して、TikTokを我慢すればなんとか終わるかもしれない。問題は、それら全てに保護者のマル付けが必要だっていうこと。  母には夏休みがなく、今日も帰りは夜の八時を過ぎるだろう。父はとっくの昔にもういない。祖母はいま、今年町内会の当番だか何かで、新聞のような紙と封筒をセットにしたものを何組も何組もセットしている。  一緒に暮らし始める前の祖母は優しかったのだけれど、帰りの遅い母の代わりに日中わたしを叱ったりゲーム機を隠したり渡したりの管理をするのも祖母の役割だった。いつも宿題が終わったことを報告してゲーム機を渡してもらっていた手前、じつは宿題が残ってるだなんてとても言い出せない。祖母は怒っても迫力があるわけでもないし、主語はなくて何言ってるのかちょっと伝わりにくいし、怖くはないが、一度何か言い出すとネチネチネチネチと言うことが長い。そして、折れない。反論しても難癖をつけて返してくる。まあ、今回は私が悪いので反論する気は毛頭ない。しかし、言い出せないのである。  母が帰ってくるのを待ち、マル付けをお願いするべきか。いや、夜からやってもらうには量が多すぎる。何より、宿題が終わっていると虚偽の報告をして「偉いー! お利口ー!」と頭を撫で回してくれた母をガッカリさせてしまうのがわたしとしてはちょっと耐え難い。じいじにお願いするか? だめだ、じいじはテキトー選手権の全国大会覇者だから、何も考えずに全部マルにしてしまう。そしてそれを提出すれば、東山先生に怒られるのはわたしだ。勇気を出して祖母に頼むしかない。 「おばあちゃん」 「何? 今忙しいんだけど」 「では、結構です」  ああああああ!なんで結構ですなんて言ってしまったんだ……! こうなったら、アレだ。自分でマルを付けても良いだろうか。なんていうかこう、シュッ! って大人が書きそうな感じで。解答集の在処は知っている。祖母が洗濯物を取り込んでいる間に、リビングのテレビボードの下からささっとくすねる。忍びの里に生まれたら、私は優秀なくノ一になれたかもしれない。今からでも異世界召喚、いつでもウェルカムです。超待ってる。むしろ今どこかへ転生出来たなら、宿題のことなんて気にしなくて良いのに。  赤鉛筆を丁寧に削り、出来るだけカッコよくマルを付けていく。間違えはチェックマークを入れ、自分の字で青鉛筆にて訂正。訂正が保護者じゃなくて本当に良かった。かくしてわたしは、何事もなかったように登校した。  それからのわたしと東山先生は、まるで容疑者と警察のようだった。いや、東山先生がわたしを疑っているかどうかは、正直わからない。けれど疑われている気がしてならないのだ。「こいつは宿題を偽造した生徒」だと……。  私は中学に行くまでこの秘密を隠したままやり過ごすのだろうか。そもそも保護者面談で先生が母に話すかもしれない。もしかしたら疑われていないかもしれない。私はこの日のことを後悔し続け、これが小学生生活最後の記憶となってしまうことが恐ろしかった。  九月一三日の放課後、わたしは自首を決意した。職員室へ向かう。 「先生、じつは……」 「わかってたよ、自分から言うのをしばらく待ってた」  わたしはボロボロと泣いた。先生から母に連絡をすることはなかったが、この夜、帰ってきた母にも報告をした。母は驚いてはいたし、「全くもう」くらいには言っていたが、ボロクソに怒ったりはしなかった。むしろお母さんから聞けばよかったね、ごめんねと言われた。 「あの、おばあちゃんには言わないでくれる……?」 「いや、そういうわけには」 「いやあぁぁぁぁぁーーー!!」  後日わたしへのおばあちゃんの監視はより厳しいものとなった。小さな嘘は、後に大きな後悔となる。  下級生のみなさん、これから小学生になるみなさん、どうかわたしの失敗を活かしてほしい。
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