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00.月光の瞳、過去から未来を見つめる
00.月光の瞳、過去から未来を見つめる
●
────遠い、遠い昔の記憶。
生まれた故郷は戦火に包まれ、自らも戦場へと身を投じた。戦い、血に濡れ、荒れた大地に立ちながら、曇った空を見上げる。
…………空はこんなにも遠い。
自分の視界に入る、自身のピンク色の髪にも血の赤がこびりついている。辺りは血生臭く、鼻で呼吸しないように意識をした。
淀んだ空、陰鬱な戦場の空気。
剣を握る手も赤く染まり、刃は赤が滴り落ち、地面に吸い込まれていく。
『研究所を一つ、潰したと聞いたが……』
声をかけられ、背後に振り返る。自分の後ろに立っているのは見慣れた人物だ。銀色の長い髪、金色の瞳。鋭く、冷たい印象を与える眼差しの持ち主であるその人物は長年、一緒に戦場を共にした信頼の置ける上司だ。彼の声に自分を責めているものではないと感じる。
────けれど、やったことは消せない。
あの時、自分のとった行動は正しいものではない。軍を離れ、感情的に行動した結果は己以外の身を危険に晒すものだった。この首一つでは済まない。彼が自分を処断するというのであれば、仕方がない結末だ。
────覚悟は出来ている。
拳を握り締め、声を振り絞り、発した。努めて冷静に……。
『────如何なる処罰も受けるつもりでした。……隊長こそ、途中で握り潰しましたよね』
『…………。俺は信頼している部下を失いたくなかっただけだ。それに、あの研究に関して俺がいい顔をしていないのは連中も知っている筈だ』
『隊長、研究データはどこまで?』
『────ブランシュが全てを寄越してきた。手ずから調べて来るとはアイツらしい』
『…………また、危険な任務を……。単独で?』
『流石にベルを連れて行ったと思うがな。そこまで詳細なことは把握していない』
隊長、と呼んだ男性は銀色の髪を風に靡かせる。彼の髪にも誰かの赤がこびりつき、返り血で戦装束がぐっしょりと塗れ重くなっているのだろう。
自分も似たようなものである。戦装束も髪も、肌も、返り血で染まっている。
戦場の最中、常に緊張で気が張っている状態で、何もかもがどうでもよくなっている時があることさえ、否定出来ない。
『…………俺は、間違えたのかも知れない』
思わず出てしまった言葉に、自分でもしまったと驚く。隊長の反応が気になり、彼の顔を見れば、いつもの落ち着いている表情だ。
口に出た言葉は聞こえている筈だ。隊長とは五歩程の距離しか離れていない。
周囲を危険に晒した、自分の行動と選択。それを間違えたのだと、後悔しているなど口にしてはいけないというのに。思わず、出てしまった後悔と迷いの言葉を聞かれたことに恐れの感情が生まれる。
けれど、彼は落ち着いた表情と穏やかな眼差しを向けて来た。
『────アリス、俺はお前の選択を間違えではないと信じている』
隊長の、彼の冷静な声が自分の心に響く。愚かだと罵られ、首を落とされたとしても文句は言えない行動をとった自分を隊長は信じようとしてくれているのだ。
────俺の、選択。
何時か、この日々が遠い過去のものとなって、未来の自分が振り返った時に。あの時の選択は間違いではなかったと、思って欲しい。
自分の金色の目には淀んだ空が映っている。けれど、未来の自分には綺麗な夜空を見て欲しい。
無数の星が散りばめられた、月が浮かぶ夜空を────。
●
────時代は現在に至る。
朝の肌寒さと、新鮮な空気、可愛い小鳥たちの囀り。とても良い目覚めだと思う。肌触りの良いシーツに身体を預けていたが、上体を起こす。
まだ、夢見心地の意識と瞼だ。瞼を手の甲で拭って、両目を開ける。視界に映ったのは自分の、長いピンク色の髪。視線を動かし、視界を移動すれば、一人で寝るには大きいベッド。真っ白なシーツの上には、自分のものとは別のピンク色の長い髪が綺麗に流れている。小柄な体躯を丸め、小さな寝息をたてているのだ。
すやすやと寝ている人物の近くには、薄い桃色の身体をした妙な生物が同じように寝息をたてて、転がっている。
「ふわぁ……、もう朝か──」
眠っている者達はそのままに、口を開け、声を出す。腕を上げて伸ばし、身体も起こす。傍で眠っている小柄な人物と見慣れた不思議生物を起こそうかと揺らすが、起きる気配はなかった。
気持ちのいい朝だ、と身体を預けていたベッドから降りることにした。小さな宿泊施設だが、のどかでのんびりとした朝を迎えられる。
妙な生物を腕に抱えながら寝室の中を歩き、大きな窓へと向かう。寝ている間はカーテンで窓を覆っていたが、朝日が僅かにカーテンの隙間から部屋に差し込んでいる。人の背丈を超すほどに大きい窓、そして、カーテンを掴んで開ける。
窓から見えるのは綺麗な緑達。この宿泊施設は緑に囲まれ、隠れ家のように感じさせる良い施設だ。
「いい朝、ね……。さて、着替えて皆と合流しに行かなきゃ、ね」
ベッドで眠っている者達はまだまだ起きる気配がない。仕方がない、と先に自分は寝間着から通常服に着替えることにする。
寝間着は簡素なワンピース。寝る時に着るよう、滑らかな生地が使われている。着ていた寝間着を脱ぎ、ハンガーにかけてクローゼットにしまう。そして、いつも着ている自分の服を取り出し、そちらへと着替えていく。
黒の上着、動きやすい素材が使われた黒のパンツを先ずは着る。黒の上着の上、更に白の衣服を着た。グローブも手にはめて、脚に白の基調のブーツを履く。
長い髪を指ではらって、着替えは終了だ。
髪飾りを付け、さて別室に泊まっている仲間達に会いに行こうと寝室を出よう。その前にいい加減、眠っている二人を起こさねばならない。ベッドに近づき、気持ち良さそうに寝ている二人の身体を揺らす。
「二人とも、朝ですよー」
優しい声音をかけてやりながら、揺らし続ける。数十秒程すると、それぞれが唇をもごもご動かしつつ、赤子がむずがるような反応をしてくる。
「…………あとごふん…………」
「…………ふにゅ」
二人はシーツの上で起きたくないという拒絶の態度を表す。
何時もの朝だな〜、とにこやかな微笑みを浮かべ、起きない二人に実力行使をすることにした。揺すって起こすという優しい起こし方から、上の段階である。揺する手を止めシーツを掴み、よいしょと小さく声を出すと勢いよく、シーツを捲り上げベッドで眠っている二人を床に落とした。部屋の外には聞こえない程度の物音が寝室に響く。
「きゅ!」
「ふにゃ〜」
床の落とされた二人は悲鳴を上げた。一人は小柄な人物と、もう一人は不思議な生物。二人は仲良く床に倒れ、落とされたことの衝撃を受けた。小柄な体躯の人物は上体を起こし、不思議な生物を両腕に抱える。寝起きでぼんやりしているであろう、その場にへたり込んでいる人物に声をかけてやる。
「……ふふ、まだまだ眠そうね。さ、朝食摂りに行きましょう」
「……ふぁ〜い」
小柄な人物は大きく口を開け、欠伸をし。両手に抱えた不思議な生物を連れて立ち上がる。寝起きのおぼつかない足取りで、床を歩きクローゼットに向かう。
数分で身支度を整え、別室に泊まっている仲間と合流するべく、まだ目がはっきり覚めていない小柄な人物の片手を引いて、連れて行ってやる。小柄な人物は空いた方の腕にすやすや寝始めた不思議生物を抱いていた。
寝室のアーチを抜ければ、こじんまりとしたリビングルームに出た。傷一つなく、管理された家具が配置され、内装の美しさを控えめに演出している。
…………こっそり教えてもらった宿泊施設だけど、本当にいいところだわ。
たまに息抜きに泊まりに来ると言っていたが、良い場所だ。
教えてくれた人物に心の中で感謝しつつも、宿泊部屋の玄関のドアを開けて廊下に出る。磨かれた石の床に、自分の踵の音が鳴る。ヒールの高いブーツを履いているので、カツカツと小気味いい音が響く。
廊下にも窓が設置され、その窓からは中庭が見える。緑が美しく手入れがされていると、一目で分かるほどに木々の葉は綺麗に揃えられている。
「アリーシェ! アリーシェ~! おはよう~!」
聞き慣れた声が聞こえて来た。高く、性格の明るさを感じる女性の声がアリーシェの耳に届く。
自分の名前を呼ばれたアリーシェは声がした方へと身体を向ける。
前方の、廊下の奥から昔からよく知っている友人が走って来たのだ。徐々に近づいて来る彼女の姿を視界に入れ、アリーシェは微笑む。
「おはよう、アシェロ。今日も良い朝ね」
アリーシェが声をかけると、アシェロは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
シルバーグレイの髪に僅かなピンク色が見えている不思議な色の髪。アシェロは長い髪を二つに分けて束ね、二つ編みをしている。瞳はアリーシェと同じ金色の瞳。容姿はとても可愛らしく、スタイルも良い。
戦いに出るアシェロは恰好も動きやすいものを好んでおり、グレイのタイトスカートから出ている太ももは白く、引き締まっている。白のシャツを上着にしているが胸元は大胆にはだけさせている。服装は大胆だが、アシェロは温厚で明るい女性だ。
アリーシェの目の前に立つ彼女はにこにこと機嫌よさそうな表情と、大きな瞳でアリーシェのことを見ている。
「うん! とっても、いい朝! 口笛とか歌とか歌っちゃいたくなる朝だよ~!」
「……そうね、気持ちがいい朝だわ」
「アリーシェ、今日はどこかに行くの?」
「…………任務がちょっと入ってるぐらいよ」
「何の任務?」
「闇オークションを潰して稀少種族の保護、という任務が来ているわ」
アリーシェとアシェロは隣に並んで歩く。他愛のない朝の挨拶から任務の話がアリーシェの口から出て、アシェロは短く言葉を零す。
「そっか。地下組織との戦闘だねー」
「そうね。それもあるだろうけど……、聞くところによれば、そういう連中を警護する学園があるらしいわ」
「そーいう人たちとの戦闘にもなるってことだね! ふふーん! 私、頑張っちゃう!」
「張り切って無茶のし過ぎは良くないからね、アシェロ」
「分かってるよ~」
本当に大丈夫かしらね、なんて心の底でアリーシェは思ったが、アシェロの実力はよく知っているので信頼している。
アシェロは後方から皆を援護する能力に長けている。彼女の方へ敵が近づく前に排除するのがアリーシェ達の、戦闘での立ち位置だ。
二人は並んで歩きながら、現在いる宿泊施設の二階から階段を使って一階へと降りるつもりだ。一階には小さなレストランがある。そこへ朝食を摂りに行こう、と……。
きっとそこには仲間達が先に行っている筈だ。
「あれ、アリステアとトゥワはまだおねむ入ってる?」
アシェロがアリーシェに手を引かれている人物と、その腕に抱えられた生物を見て首を傾げる。
眠く、重い瞼で瞬きを繰り返しながらアリステアは頭を揺らす。アリステアに抱えられた不思議生物のトゥワは二度寝に入っており、アリーシェは二人の様子に苦笑する。
「さっぱり起きれないみたい。久しぶりにいいとこ泊まったから、寝心地良かったみたいなの」
まだまだ寝ていたかったであろう二人の様子をアリーシェはアシェロに伝えるとアシェロはへらりと笑顔を浮かべた。
「分かる~! いい宿泊施設だもん。また来たいって思ったもの」
アシェロはうつらうつらしているアリステアの柔らかいピンク色の頭を撫でた。優しく撫でてやると、アリステアが「んー」と小さく声を出しながら、気持ちよさげに目を閉じる。
────十数分後。
アリーシェとアシェロ、まだ眠そうなアリステアの三人と一匹は宿泊施設の一階に着き、廊下を歩く。廊下の内装も植物や花が所々に飾られており、白い壁には傷一つなく高級感が感じられる。
飾りで建てられた柱にも植物が飾られ、目に癒しを与える。
「あ! いたいた!」
少し、三人と一匹が廊下を歩いているとレストランフロアが見え、仲間達の姿が見えた。アシェロは二人の姿を見つけるとはしゃぎだし、大きく手を振って駆け出す。
アリーシェは駆け出したアシェロの背中を見守り、暖かい眼差しと共に微笑む。
「チア~! ティア~!」
アシェロが駆け寄ったのは長身の女性と、小柄な体躯の女性のもとだ。二人とも、アリーシェとアシェロの長年の友人であり、戦場を共にする仲間である。
長身の女性は美しさと涼やかな容姿の持ち主であり、緩やかにかかったウェーブの長い髪を一つに束ねている。髪の色は透き通る空の色であり、瞳の色は金。ミステリアスさを魅せる美女だ。着ている服はどこか高貴な騎士を思わせるものだ。太ももまであるブーツの下には白いズボン、青の上着の裾にはフリルが幾重にも重なっている。白の生地が使われた長袖は肩の部分が大きく膨らんでいるものだ。彼女の愛称はティア。
ティアは涼やかな眼差しでアシェロと、その後ろに立つアリーシェを見て微笑む。
「おはよう、アリーシェ、アシェロ。──トゥワはまだ眠っているようね。アリステアも寝起きかしら」
「おはよう! アタシはもう、はらぺこだ! 朝食にしようぜ!」
ティアの隣に立っている小柄な女性は笑顔を浮かべた。彼女はチア。燃える焔のような真紅の髪を二つに分けて束ねている。ツインテールという髪型をし、髪の先は束になってきつく巻かれている。大きく丸い両目は金色。ティアとは対照的に快活さと愛嬌がある容姿だ。腰に大きなリボンがついた赤いワンピースを着ている。ワンピースのスカートからはたっぷりのフリルが見える。容姿は本当に愛らしいがチアは口調は荒っぽく、淑女の欠片もない。
「…………アシェロ、クーは?」
ティアが首を傾げ、アシェロに訊く。
アシェロはニコッと笑って、ティアに向かって背中を見せた。アシェロの背中には妙な物体が貼り付いている。
黒くてふわふわの体毛、大きく三角の形をし先が尖っている猫耳。尻尾は長く、ふわふわ。ゆらゆらと尻尾は動いている。
「…………背中に貼り付いていたの」
「クーは起きているのか?」
ティアとチアがアシェロの背中に貼り付いている生物、クーを凝視する。
チアが起きているのか、と声をかけた瞬間にクーは振り返った。不機嫌そうな顔をしており、赤い目でティアとチアを見返す。
「起きているよ」
クーは小さな声を出すと、むずがる子供のようにアシェロの背中に顔を擦りつけ出す。
それが擽ったいのか、アシェロは笑いを口にした。
「ちょっ……! ふふふ、クー! やめて〜! 擽ったいよぉ〜」
「む────」
アシェロとクーのやり取りを数秒見た後に、ティアはアリーシェの背後に立っている、アリステアが抱えている生物に視線をやる。
アリステアが抱えているのは薄桃色の身体を持つ生き物だ。クーと同じく手足がちゃんとある。頭の耳のようなものは赤く、先端が鋭い。耳飾りを付け、どこかアリーシェのものと似ている。先ほど、ティアが口にしたトゥワという名前はこの生物を指している。アリステアの腕の中ですやすやと眠っているトゥワはまだ起きる気配がない。
「…………朝、よえーんだよなあ。トゥワのやつ……」
チアが呟く。
「無理に起こさない方がいいかな、って思っていつも起こさないのだけど……」
甘やかしすぎかしら、とアリーシェは苦笑を浮かべる。
「ご飯の匂いで起きると思うな」
ティアが優しい眼差しをトゥワに向けて微笑む。
可愛いものが好きなティアはトゥワに甘い。
「そこの二人は終わったのかよ」
先ほどまで、クーと戯れているアシェロにチアは呆れ気味に言い放った。
チアはチアで、空きっ腹で機嫌が悪いらしい。
「さ、移動しないといけないから朝食にしましょうか」
アリーシェが言うと、全員頷き揃って歩き出す。空いている多人数用のテーブル席に行き、チアとアリーシェが腰を下ろす。アリステアも椅子に腰をおろし、ようやく目が覚めてきたのか左右色違いの両目で瞬きを繰り返す。
円形のテーブルを囲うように椅子が配置されている。
ティアは飲み物を取りに行くつもりだ。チアとアリーシェ、アリステアに何を飲みたいか訊く。
「飲み物どうする?」
「私はアイスミルクがいいわ」
「アタシはオレンジジュース!」
席番をアリーシェとチアに任せ、ティアは二人と自分の飲み物を取りに行く。クーとアシェロは昔から二人であーだこーだ言いながら、悩むので好きにさせる。
アシェロの背中に貼り付いていたクーはよじ登って、アシェロの首に腕を回して顔を突き出す。
「クー、どれ飲む〜?」
「アシェロは?」
「んん〜、私は今日はあっさりしたジュースの気分〜」
「じゃあ、コーヒーは?」
「あっさりしてる?」
「ものによっては……」
こんな会話が十数分は続くのでティアはさっさと飲み物を持ってテーブル席に戻った。
あの二人のペースに付き合っていたら、何時まで立っても腰を下ろして落ち着けない。長年の付き合いもあり、よく理解しているので三人は先に飲み物を口にする。
冷えたグラスに入ったジュースやアイスミルクは美味しい。
「…………ふにゃ〜、むにゃ。んん──? 朝なの?」
ようやく起きたトゥワが長い耳を動かし、アリステアの腕の中で上半身を伸ばす。大きな欠伸をした後に、眠そうな瞼を擦る。
「あら、おはよう。トゥワ。アイスミルク飲む?」
「おはよー、アリーシェ。飲む──!」
トゥワは頂戴、と手を振る。にこにこと微笑みを浮かべたアリーシェはアイスミルクが入っているグラスにストローを入れる。
グラスを片手に、自分の膝に座っているアリステアに抱えられているトゥワの口もとへ持っていってやる。トゥワは口をゆっくり開き、ストローに食い付くように口に入れた。
一口、二口。冷たいアイスミルクは寝起きのトゥワの身体に浸透していくように広がっていく。その感覚が心地よく、そして目が覚めたらしいトゥワは特徴的な長い耳を動かす。
「美味しかった──! ありがと〜! アリーシェ!」
「持ってきてくれたのはティアよ」
「ありがと──! ティア!」
大きくてくりくりの金色の瞳に見つめられ、喜びと感謝の言葉をかけられたティアは満足そうに微笑む。
「どういたしまして」
ティアにとって、とても可愛らしい存在であるトゥワに礼を言われ、ティアの表情が緩む。
…………今日も可愛い。
と、ティアはトゥワにメロメロだった。
ティアの近くに座っているチアがまだ戻ってこないアシェロ達に視線をやった後、アリーシェの方を見る。
「…………まだ、戻ってこねえな。あの二人。ったく、しゃーねえなあ……。なあ、アリーシェ、今日は任務あるのか?」
「──ええ、闇オークションを潰して稀少種保護の任務がね」
「へ──。いつものやつか。……何時になってもしょーもない連中は湧いて出てきやがる」
「このメンバーなら、何も確認しなくても良いわよね?」
今日の任務の説明を長々とこのメンバーに話す必要がないのはアリーシェにとって気楽で有り難い。
チアもティアも長年、共に様々な任務をこなしてきた仲間だ。
細かい説明をしなくても動いてくれる、連携が取れるという安心感がある。
チアはにかっと快活な笑顔を見せた。
「おうよ! アタシが暴れてやるからな!」
「無茶はダメよ? チア」
威勢のいいチアにアリーシェは不安な気持ちが少しはあったが、自分が守ってやれればそれでいいと思った。
それに冷静沈着なティアもいる。
それぞれが互いをカバーできるように長年、築き上げた絆がある。
アリーシェは優しい眼差しで微笑む。
…………それにしても。
「あの二人、まだ飲み物決めないのかしら……」
まだ戻って来ないアシェロ達に視線を向けると、アシェロとクーは決まらないらしく会話をしている。
「他のお客さんの邪魔になっていないのならいいけど……」
アリーシェが困ったように呟けば、しびれを切らしたであろうチアが椅子から立ち上がる。チアは飲み物が置かれているエリアに立つアシェロ達の方へと、向かっていった。
飲み物は割って入ったチアが強引に決めたらしく、数分後にチアとアシェロは席に戻ってきた。
トゥワから、まだアイスミルクが入っているグラスを渡されたアリステアはストローを口に入れ、美味しいミルクを味わって飲みつつ朝食の時間を満喫した。
●
朝食を終えた一行は宿泊施設を出る。料金は先払いなので、受付で簡単な手続きだけして出た。
施設の外、木々が生い茂り、整備された道の上。
長いピンク色の髪、美しい金色の瞳。鋭く、落ち着いた眼差し。白いロングコートを羽織った男性が仲間達の前に現れる。
彼の本名は遠い過去の日に置いてきた。愛称でアリスと呼ばれているので、何時からかそう名乗るようになった。アリスという男性はアリーシェのもう一つの姿だ。
「そっちで来たのかよ、アリス」
「戦場へ行く時はこっちの方が都合が良い」
チアの言葉にアリスは微笑む。腕の中にはトゥワがおり、アリスはトゥワをティアの元へと持っていく。
「ティア、トゥワを頼む」
「うん」
アリスからトゥワを渡されたティアは嬉しそうに受け取り、トゥワを持ち上げ抱き締めた。トゥワもティアの頬に自分の頬を擦り付ける。
アシェロの肩には相変わらず、クーがくっついている。アシェロはアリスの姿を見て笑顔を浮かべた。
「アリス、任務地はどこなの?」
任務があるとは聞いていたがどこでとは聞いていないアシェロが、アリスに訊く。
「今いるのが、西大陸付近の島レグレシア。任務地は西大陸だ。保護対象は精霊族とエルフ。子供だと聞いている」
「子供を掻っ攫ったのか」
「依頼主は親と保護団体からと聞いている」
救出、保護対象が子供と聞いてアリス以外の表情が険しいものに変わる。特にチアは怒りの感情を顔に出す。
この世界、オルビスウェルトには数多の種族が住んでいる。古来より、稀少とされる種族や生まれつき魔力を高く持つ種族は闇の取引をされることが続いている。
中には言葉にできない程に悲惨な運命によって命を散らすものもいる。その現状を変えるべくして、保護団体が設立された。
アリス達はこれから親もとから攫われた子供達を救いに行かなければならない。勿論、戦闘になることは免れない。
「渡航申請は既にかけてもらっている。私達は移動魔法で西大陸の渡航管理局を目指す。渡航管理局を出たら、また移動魔法を使って任務地へ直行する」
「りょーかい!」
アリスの説明にチアは承諾する。ティアとアシェロも頷く。
「ねえ、アリス。任務終わったら、ソルローアルに寄っていく?」
何気なくアシェロはアリスに訊いた。ソルローアルという単語にクーが尻尾を膨らませたが、アシェロは気にしていなかった。
アリスはアシェロの問いに薄く笑って答えた。
「必要ないだろう。今はまだ、会うべきではないと俺は思っている」
アリスは空を見上げる。日が昇って、青く澄んだ空に白い雲が浮かぶ。
広大な空の下に、確かな絆で繋がった友人達がいる。
…………俺の選択は間違いではなかった。
今でも、遠い記憶の向こうでもらった言葉を頼りに生きている。何時か、本当にそう思えるようになったら……。
アリスは一度目を閉じ、息を吸って吐く。両の瞼を開けて、皆に声をかけた。
「行こう、任務へ」
一行は歩き出す。
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