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01.これこそ運命の出逢いかも知れない
●
任務については彼から直接連絡が入る。通信を受け取り、任務の打ち合わせは主にアリーシェが担当。大体が危険な任務だが、戦い慣れているだけにあって今まで多くの戦いを乗り越えて来た。慎重に、油断せず。自分達が幾つもの死線を潜り抜けているとは言えど、決して慢心してはならない。
アリスはそれを仲間に言ってきた。
「今回も慣れた内容といって、油断はしないように」
いつもの注意にチアはニッカリと歯を見せて笑顔をアリスに向ける。
「わ──ってるよ! 油断はしねえ!」
「本当に気をつけるのよ、チア」
「なんでアタシばっかなのさ! アシェロだって、なかなか呑気でアホだろ!」
油断しない、と意気込んでみせるチアにティアが心配そうに言葉をかける。それが不服だったらしく、チアは矛先をアシェロに転換した。
矛先を自分に向けられたアシェロは目を丸くし、抗議の声を上げる。アシェロ本人は信じられない、と言わんばかりだ。
「私?! って、ひどいよ〜! チア! 呑気は自覚あるけど、アホはないよ〜!」
「む──! アシェロはアホだけど、言っていいの私だけだぞ! チア」
「クーもひど〜い! 私、アホじゃないもん!」
アシェロの肩に手をかけ、背中に張りついているクーはアシェロの肩から顔を出して抗議するが、アシェロがアホであることは否定しない。チアとクーにアホ認定されたアシェロは傷ついた、と不貞腐れた表情をしたが迫力も深刻さも無い。なので、ティアとアリスはツッコミを入れなかった。
いつの間にかティアの隣に立っている金髪の少年がティアに話しかけた。
「ねえ、ティア。僕またここへ泊まりに来たいな」
金髪の少年の名前はルディー。ティアの傍にいつもいるティアの騎士のような役目をしている少年である。騎士、といってもティアは常に前線に立って仲間を守る前衛戦担当だ。ティアがルディーを助ける場面の方が多いものの、ルディーは騎士として努力を欠かさない頼もしさがある。外見は可憐で華奢、中性的な容姿だが内にはティアの騎士としての強い意志を秘めている。
ルディーの言葉にティアは微笑み、訊く。
「ここの宿泊施設、ルディは気に入った?」
ティアに気に入ったか訊かれたルディーはにこりと可愛らしい笑顔をティアに向けた。頷き、ルディーは神秘的なオッドアイの両目を輝かせる。
「うん! ベッドもふかふかでご飯も美味しかった! リドルとクロウも満足そうだったねえ」
ルディーが口にした二つの名前。リドルとクロウ。
ティアとルディーの会話を近くで聞いていたアリスはリドルの存在を考え、金色の両目を細めた。
アリスは自分達から距離を少し置いて離れずにくっついてくるよく知っている、リドルの気配に呆れ、ティアに言う。
「リドルは何をしている」
「さあ……。朝食も一緒にしなかったし、恥ずかしくなっちゃったのかな」
「…………ほう。長い付き合いだが、相変わらずか……あの男は……」
「移動魔法とか準備してくれているとは思うけど……」
「助かるのだが、距離どうにかならないのか……」
「…………昔からあれだからなあ…………」
後方を見ながらアリスとティアは会話をする。宿泊施設を出る前から、アリスやティア達に接触はしないもののくっついてくる気配があるのだ。
気配の正体はよく知っている者だ。と、いうよりかは一緒に各地を回っている仲間なのだが、性格が社交的ではないので影のように後ろからついてくるのだ。
背中合わせに共に戦った経験はアリスにもある。それにリドルという人物はティアと昔から恋仲の関係だ。後方から大切なティアと可愛がっているルディーのことを見守っているのであろう。
…………それにしても遠いが。
姿は見えないから物陰や木陰に隠れているのだろう。視線と気配は常に感じているが、アリスは特に気にならない。
…………少し、嫉妬している気がする。
ティアの隣にいるのが面白くないのだろう。視線に黒い感情が混ざっているが、アリスは気にしない。慣れている、というのもあるのだが。
「リドル、もう少し歩いたら移動魔法使ってくれ」
声量を上げず、隣のティアに話しかける程の声でアリスはリドルに話しかける。聞こえているだろう、と踏んでいる。
了承のサインなのか、強い風がアリスとティアの二人の間を吹き抜けていく。アリスのピンク色の髪が風に吹かれ、靡いた。
「…………姿を見せれば良いのに…………」
リドルの姿も、服などで隠している素顔も知っているのにアリス達から逃げるように隠れている。
長い付き合いなのだから、もう少し気楽にしてくれても別に良いと思うのだが。性格なのか。無理強いして引っ張り出す気もないが……。
ティアを守ってくれるなら、とアリスは思いつつ、前を向き画面を展開する。
四角い画面がアリスの前に現れ、様々な情報を表示。アリスはそれを目で追い、読む。
「西大陸……か……」
旧友がいるのもそうだが、あの大陸は大陸で広大で面積がある。中央政府という機関があり、治安維持のために十二闘将と呼ばれる集団もいると聞いているが……。
今回は闇オークション会場を潰し、稀少種の救出と保護が任務だ。十二闘将とかいう大それた者達との接触は無いだろう。
地下組織など物騒な連中との接触、戦闘はあるだろう。
あれやこれやと皆をまとめる者として、アリスが色々と考えている最中。ティアを離れた場所から見守っているリドルから一つのの影が飛び出してきた。その影はティアのもとへと駆け寄ってきた。小柄な少年である。クロウという名前を持つ少年はにこにこと笑顔でティアに声をかけてきた。
「ティア、おはよう!」
クロウ、という少年は柔らかな表情を浮かべ、ティアに挨拶をする。その後は手を挙げ、皆に元気よく挨拶した。
「みんな、おはよー! リドルもおはようって言っているよ!」
クロウの挨拶に皆は各々、短い返事をした。自分で言えばいいのに、離れた距離にいるリドルは度々、クロウに自分の言葉や話を代弁させる時がある。
「おはよー、クロウ、リドル」
呑気な声音を出しながらアリステアがクロウに挨拶を返した。
アリステアの横に立ち、調べものをしていたアリスは落ち着いた表情で言う。
「リドル、準備は出来たか?」
アリスは後方へ振り返ることなく、訊いた。リドルの代弁の役目をしているクロウが明るい声で返事をした。
「大丈夫! ってリドル言ってるよ~!」
クロウの言葉を聞き、アリスは真剣な表情を浮かべ、皆に言う。
「リドルの準備が出来たようだ。渡航管理局に飛ぶぞ」
声をかけられた皆は頷く。心の準備は出来ているようだ。
アリス達の足下に大きな紋章陣が展開される。リドルが移動魔法を発動したのだ。
強い光がアリス達を包み、呑み込むとアリス達の姿は一瞬にして消えた。
●
────西大陸、小国シュッツェ観光区ラト。渡航管理局。
アリス達は移動魔法の発着専用部屋に転移してくる。広く、ホールサイズの部屋には他の魔法による渡航者や管理局の職員がいた。
申請はかけてもらっているので身元照合や、渡航目的を職員に手続きしなければいけない。
到着したアリス達一行に職員の男性が近づいてきた。男性は管理局の制服を着用し、手には端末を持ってアリスの前に立つ。
「ようこそ、観光区ラトへ。お名前など身元照合と、渡航目的のお手続きを……。どなたかお一人代表でお願い致します」
「分かりました。……私が行ってくる。皆は椅子に座って休んでいてくれ」
職員の話にアリスは頷き、自分が代表として手続きに行くことにし、皆に休んでいるように告げると職員と共に別の部屋へと歩いて行った。
アリスの姿を見送ったチアは椅子にどっかり座って、大きく足を揺らす。
「うあ────、アタシ、この時間好きじゃない〜」
「アリスいないもんね〜」
すぐに動きたい気持ちがあるチアは落ち着かない様子を見せ、アシェロはアリスが職員に案内されて入っていった部屋のドアを見つめていた。
ティアは自分の背後に隠れているリドルを無言で凝視している。
「…………」
「リドル……、何しているの……」
無言で自分の後ろに隠れている男性を視界に入れ、ティアは呆れ顔をする。遠距離移動魔法を使用したリドルだが、渡航管理局を無視しては渡れないため、仕方なく姿を現し、ティアの背後に隠れた。
紺色の上着ジャケットのフードを深々と被り、目を隠してしまう大きなサングラスをかけたリドルは、恋仲のティアの後ろに隠れ、皆と会話が出来ずにもじもじしている。
それなりに背丈があるリドルがティアの後ろに縮こまって隠れても、隠れきれていない。
「…………何だよ、リドル。新しい遊びか?」
ティアの背後に隠れているつもりのリドルに、チアが声をかける。
声をかけられたリドルは大きく肩を跳ねさせ、驚いたような様子をした。それにチアは両眼を閉じ、大きな呆れ気味のため息を吐く。
「は────。どんだけの付き合いだと思ってンだよ……。何でまだ、もじもじされンの?」
「リドルくん、恥ずかしがり屋さんだからね〜」
「アタシの美貌と声に照れちゃってるンだな!」
「チアはリドル君の好みと真逆の外見じゃん」
「…………ゔ、はっきり言いやがって……」
長い付き合いな上に親しさもあってかチアとアシェロは言いたいことをお互いに言う。チアのボケもアシェロが見事に回収してくれるので、チアも上機嫌そうだ。
黙っていれば可愛らしい外見のチア。だが、リドルはティアのようなクール美人が好みらしい。アシェロも容姿は愛敬さがあって、可憐な女性だ。
アリーシェは美人と可愛らしさを兼ね備えている容姿である。それぞれがそれぞれの個性のある可憐さと美しさがあるが、リドルはティア一筋。
「…………」
無言だがリドルが困惑しているのはティアにも伝わった。
ティアは穏やかな微笑みを浮かべ、抱えているトゥワはアリスがいなくて退屈しているのか足を揺らす。
「アリス〜、まだかな〜」
足をパタパタと揺らし、トゥワはアリスの帰りを待つ。
寂しそうなトゥワにティアは、小さな頭を優しく撫でてやるとトゥワは長い耳を嬉しそうに動かした。
チアは椅子に腰を下ろし、アシェロはチアの前に立ってアリスが戻るのを待っている。ティアはトゥワとリドルの相手をしてやる。
そんなところに一人の人物が近づいて来た。
「────やあ、君たちも観光かい?」
チア達に声をかけてきたの長身の男性だった。目立つ水色の髪に毛先が青くグラデーションがかかっており、髪は長く独特な髪型をしている。髪を一つに束ね、輪っかにし髪留めで後はサイドテールで流している。目も透き通る海の中のような色。服装はロングコートを羽織っており、膝上まであるブーツを履いている。ズボンは濃い灰色。
容姿はとても整っており、温厚さと穏やかさの雰囲気が出ていて親しみと優しさを感じる好青年だ。
チア達は彼と初対面であり、チアは思いっきり警戒心を露わにした。眉を寄せ、男性を睨みつけている。
「…………え、ええ。そうですが……。貴方も観光ですか?」
威嚇しているチアの前に立ち、社交性があるアシェロが男性に話しかける。
男性は人の好さそうな微笑みを浮かべた。
「……ああ、だけど、一人旅でね。君達がとても楽しそうだから、声をかけてしまった。いきなり声をかけて、申し訳ない」
「いえ……。お一人での旅なのですね。渡航手続きはお済みで?」
「先ほど手続きを完了したばかりなんだ。…………その、もし良かったら、この観光区にいる間だけでも同行しても良いだろうか?」
「…………え、」
男性の意外な申し出にアシェロの笑顔が凍りつく。ティアも動きが止まり、リドルはティアに隠れている。
チアは変な顔をした。
…………アリス────!!
心の中でチアはアリスに助けを求める。
アリス達の目的は表向きは観光だが、実際は任務である。そんなこと、にこやかに近づいてきた男性に言えるわけもない。
…………コイツ、間者じゃねえだろうな。
こちらの動きを察して、探りに来た敵ではないだろうか。チアは男性に対しての警戒心が高まる。
もしも敵と関係しているというなら、この男性をここで逃すわけにはいかない。チアはそこまで考え始めていた。
アシェロやティアの雰囲気もどこか厳しいものに変わり始めた頃。
「手続きが終わった」
無表情のアリスが戻ってきた。
戻って来たアリスは迷いない足取りでアシェロ達の傍に歩いてきた。そして、初対面の謎の男性と目が合う。
無愛想のアリスとは違い、男性は穏やかな表情をアリスに向けた。アリスは首を傾げ、男性に訊く。
「…………どちらの方で?」
はっきりと素直にアリスは男性に問う。しかも、アリスの目には邪推という感情は見受けられない。
男性はアリスの視線を受け、名乗った。
「俺はメアといいます。一人旅で寂しく、つい楽しそうに会話されてる、お連れの方々? に声をかけてしまって……」
男性はメア、と名乗った。声音も表情も穏やかであり、敵意などは今のところ見られない。
アリスの表情は変わらず、名乗ってもらった以上は自分も名乗っておかねば失礼か、と思った。
「…………私はアリスだ。メア、君は一人旅が長いのか?」
「──ああ、もうかなり一人であちこちを旅している」
メアが言葉を話す時、アリスはメアの挙動や目を見ていたが嘘を言っているような様子は見られない。
本当に偶然、自分達に声をかけて来たのか。
自分の動作一つ一つが観察されていることに気づいているのかは分からないが、メアは態度を変えずに温厚な話し方でアリスに言う。
「賑やかなのが羨ましくてね……。……その、観光区を一緒に周らせてもらえないだろうか」
メアの申し出にアリスは少し、悩む素振りを見せた。
アリス達には任務がある。色々と時間に余裕を持たせて行動しているが、救出が早ければ早いほど、保護対象の疲労は減る。
…………だが、もしこの男が何らかの思惑があって近づいて来たのなら。
ふむ、と時間にして数分程考えたアリスは答えを出した。
「申し訳ないが、私たちは旧友に会いに行くことになっている。だが、チアは観光区を周る予定だ。もし、良ければチアと観光区を周ってみるのはどうだろうか?」
「へ……?!」
アリスに指名されたチアは間抜けな声を出した。
アシェロは「あらら〜」と苦笑し、チアに視線をやった。
つまり、アリス達は任務に行き、チアはメアという人物と二人でこの観光区ラトを周らなければいけない。現状、怪しさしかないメアという人物を野放しにも出来ない。
アリステア、クロウ、ルディーには任せられない。ティアは貴重な前衛、アシェロはクーがうるさい。そう考えれば、チアが一番適役だと思った。アリスなりの判断である。
だが、チアとしてはとんでもない状況だ。初対面の男性と二人で観光区を周るなんてとんでもない。
皆と一緒に任務に赴くつもりでいたのに、とんだ肩透かしである。
アリスの判断には勿論、チアへの信頼が含まれている。万が一、メアと対立することとなってもチアならどうにか切り抜けられる信頼があってこそ。
それがチアにしっかり伝わっているので、チアは大きな声で拒否の意思を示せない。
「……アリス〜」
極めて小さな声でチアは複雑そうな感情を含め、アリスの名前を呼ぶ。
しかも、初対面の相手と観光区巡りをするという。監視の意味もあるが、チアにとってはただただ厄介な話だ。
アシェロやティアのように社交性があれば良いが、二人には張り付いているたんこぶがいる。
「…………あそこの椅子に座っているのがチアだ。メア、彼女と一緒に観光区を巡るのはどうだ」
メアが断ってくる可能性もある。一応、提案という形でアリスはメアに言う。
初対面の男女。気を遣って断るかも知れない。そうなれば、良い。チアは心中に強く念じた。
────断れっっ!!
────断ってくれっ!
チアは強く願った。初対面の男性と目的はどうであれデートなんてしたくもない。
祈りのポーズでもとって願いたくなるが、何とか抑え、拳を強く握りしめるだけに留めた。
メアの答えは────。
「…………。ああ、よろしくお願いしたいかな」
「ヴェっ?!」
メアはなんと許諾。チアは間抜けな声を上げた。
普通に断って来そうな話だが、メアはニコニコと嬉しそうな顔をしてアリスの提案を受け入れた。
メアに対する不信感は増す。アリスもチアも不信感が高まり、心中穏やかではないが放置も出来ないので苦肉の策である。
嘘だろ……、と信じられない気持ちでチアは足を組んで険しい表情を浮かべる。そんな態度のチアにメアは顔を向け、微笑む。
「……えと、チアちゃん? よろしく頼むよ」
「そんな軟弱に呼ぶなっ! チア、でいい!」
「うん、チア。うん」
「何だよっ?!」
行動は怪しさしかないが、メアの動作や目、表情を見ても純粋に誰かと行動できるのが嬉しいように感じられる。アリスは仏頂面のまま、チアとメアの会話を眺めたが、何だか良いコンビになりそうな……。性格の相性が良かったのかも知れない。
…………本当に誰かと行動したくて声をかけて来たのかもな。
アリスはそう考え始めていたが油断はしてはいけない。
チアは自衛が出来る実力者だ。メアに何かされても自分で対処できるだろう。
想定外の出会いであり、チアが抜けるが任務の進行に問題はないだろうとアリスは判断した。
「メア、私たちは翌日には別大陸へ発たねばいけない。それまでになるが、良いか」
「…………あ、ああ……。うん、分かった」
救出した保護対象を少し休ませ、すぐに団体や親元へ渡さなければいけないのだ。長らく、西大陸に留まっている予定はない。
アリス達の裏の事情は口にせず、隠したままメアに伝えればメアは頷く。
だが、その両眼に寂しさが見えていた。
●
メアのことはチアに任せ、アリス達は渡航管理局を出ると移動魔法が使えそうな場所を探すことにした。
「オークション会場は観光区ラトとは別の観光区だ。そこはラトほどに治安は安定していない場所だ。グレーゾーンな店や団体が多い」
アリスの話にアシェロが頷く。
「そこへ移動魔法使って直で飛んでいく、だったっけ?」
「そうだ」
「なかなか危なさそうなところなんだね! 気合いを入れて行かなきゃ! チアの分も頑張るぞ!」
気合いが入ったらしいアシェロが笑顔を浮かべ、頑張るぞと張り切る。相変わらず、アシェロの背中にぶら下がっているクーはアシェロの肩から顔を出し、不安そうに眉間を寄せていた。顔に大丈夫かな、と書いてある。
予想外にチアが抜けることとなってしまったが、任務は遂行しなければいけない。
「先ずは観光区の人気のない場所を探して移動魔法を使うつもりだ。移動魔法は頼んでいいか? リドル」
アリスはティアの背後にまだ隠れているリドルに向かって言葉をかける。
ティアの後ろに、身を屈めて隠れているリドルはちょっとだけ顔をアリスに見せた。リドルはこくり、と小さく頷く。
リドルは魔法に長けている人物だ。移動魔法の連続使用でも大した疲労も感じていないだろう。
「アリス〜」
ティアの腕の中にいるトゥワが両手を動かし、アリスに抱っこして欲しいとせがんでいるようだ。ティアはそんなトゥワも可愛いらしく、腕の中のトゥワをアリスに渡す。
やれやれ、といった様子でアリスはトゥワを抱えた。
「…………うみゅ、」
小さく鳴き声のようなものを発し、トゥワはアリスの胸元に顔を擦り付け、気持ちよさそうに目を閉じる。
片手でトゥワを抱え、アリスは画面を展開、観光区ラトの地図を画面に表示し移動魔法が使えそうな場所を探す。
チアのことは心配ではある。アリスの頭の片隅にチアがちゃんとメアと行動出来るか不安があるが、上手くやってくれると信じるしかない。
「…………さて、この辺りか…………」
地図を見ながらアリスは呟く。
人気のなさそうな観光区の外れの方、端に近い場所に当たりをつけアリスはティアとアシェロ、アリステアにルディー、リドルとクロウを連れ、移動魔法が使えそうな場所へ向かう。
────一方、チアは不機嫌だと言わんばかりの表情と、不満がよく表れている態度でメアと渡航監理局の建物を出た。
メアは隣でニコニコと嬉しそうな表情をしている。それもチアには気に食わないものだった。
「何で、アタシが……」
こんな、優男と二人で行動なんて冗談じゃない。チアの眉が上がり、こめかみ辺りの血管が痙攣を起こしている。
「我が儘言ったのは悪かったと思っている。……でも、どうしても誰かと話がしたかったんだ……」
「…………それで、何でアタシ達なわけさ……。こっちは任務で来てるっていうのに────、あっ」
「…………え、任務?」
観光じゃないの?
メアは驚き、チアはしまったと顔が青ざめた。厳重な極秘任務というほど、隠密任務ではなくても救出任務だ。扱いに気をつけなければいけない。
初対面に話すなど言語道断。チアにとってもそれは充分に理解していたというのに。
────アタシの馬鹿っ!!
この失敗は擁護しようのない。失態なんて言葉すら温い。時代が時代なら処刑されても文句言えないと、チアの額に汗が滲む。
メアは驚きの感情が消えないらしく、チアの顔を見つめている。何度も瞬きを繰り返し、チアの言葉を頭で整理しようとする。
…………任務。
「…………な、何の任務……なんだい?」
「…………、…………子供を救出しに行く任務だよ」
メアは恐る恐る、チアに訊く。腹を括ったチアは素直にメアに答え、横目でメアの出方を見る。
…………出会ったばかりだが、最悪この男には…………。
命を奪う気はないが、病院送りにはしなければいけない。長時間の行動不能が必要だ。
チアはメアの反応に注視する。
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