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「夏美、来るなら一言くらい連絡してくれればいいのに」
「それはこっちの台詞。退院する時は付き添うって言ったのに、一人で帰っちゃうんだから」
「迷惑かけられないわよ。あなただって忙しいでしょ?」
「親の大事に駆けつけないほど薄情じゃないから」
夏美は食材でパンパンになったレジ袋を廊下にゴツゴツとぶつけながら居間まで来た。そのまま冷蔵庫を開け、傷んだ食材を出しては新しい物と取り換えていく。
「お昼は? まだなら作るけど」
「まだだけど、気を遣わなくていいの。もう病人じゃないんだから」
「だとしても病み上がりでしょ? ラッキー鯖缶と乾麺がある。これ借りるね」
人の話なんか聞かずに勝手に作り始めてしまう。夏美は昔からそうだ。私が考えている間に決断して行動に移している。
ぐつぐつと鍋の中でお湯が煮えたぎる中、夏美は鼻歌を歌いながら麺をほぐしていく。昼食なんて食べる気分じゃなかったが、夏美の厚意を無下にするわけにもいかず、台拭きを絞ってちゃぶ台を拭いた。
「はい、お待ちどーさま。熱いからゆっくり食べてね」
夏美はどんぶり二つを持ってちゃぶ台にやってきた。醤油ベースのインスタント麺に乾燥わかめをひと掴み入れ、更に缶詰めのサバを半分入れている。
「あなたいつもこんなの食べてるわけ?」
「いいじゃん。結構美味しいんだよ。それにサバ缶は血液さらさら効果抜群なんだから」
「だからってもう少し見栄えのいい盛りつけってのがあるでしょうに。人様に出せやしない」
「うるさいなぁ。とにかく食べてよ。麺伸びちゃう」
ズズッと麺をすすり、夏美は幸せそうに唸る。私もサバの身をほぐして、レンゲを使って一口食べてみた。あら、確かに美味しい。サバ缶の汁のコクが安物のさっぱりした醤油スープと調和して味に深みが出ている。
「そういえば、龍紀の引っ越しは無事に済んだの? 先週だったんでしょ?」
「うん、無事に。ダンボールが出払ったらがらんとしちゃったよ。十四年間、当たり前にあの子の居場所だったのに、まるで見知らぬ場所になっちゃった。汗だか砂だかわからないけど、あの子独特のにおいもどんどん抜けてってる」
「男の子ってどうしてあんな不思議なにおいがするのかしらね? あなたの弟の秋好も、子供の頃は臭くて臭くて」
「昔はお母さんったら何言ってんのかって思ってたけど、親になってその気持ちがわかったよ」
夏美はサバの塊から骨だけを前歯で器用にはがして食べる。子供の頃からの癖だ。やめなさいと言ったのに終ぞ治らなかった。
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