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「ところで、お母さんはこれからどうするの?」
「どうするって何が?」
「病気で倒れたわけでしょ。あの時はたまたま私がいたからよかったけど、一人だったら多分死んでたよ。不安にならない?」
「そうは言っても、お父さんはとっくにいないし、施設に入るにもお金がねぇ」
夏美の背後には夫の遺影が飾られた仏壇がある。もう五年も経ってしまった。あの人がガンで壮絶な死を遂げてから。
「孫まですっかり自立したんだもの。おばあちゃんとしての役目もそろそろ終わりでしょう?」
「役目が終わったから死んでいいなんて言わないでよ?」
「別に言わないけど、無理に生きる必要もないとは思うわね」
顔を上げれば、小物類の中に隠した豆皿と薬袋が見える。夏美が気づき、食べかけのラーメンに箸をつっこんで立ち上がると、豆皿を手に取った。
「お母さん、まさか何も食べないで薬を飲むつもりだったの? 胃が荒れるよ?」
「一人前を作るのって面倒なのよ。最近は病院食でたっぷり食べてたし、一回くらい抜いてもいいかなって」
「駄目。ちゃんと食べなきゃ、こっちが不安になる」
「それに薬を見ていて思ったのよ。この薬が今の私の生命線。随分とちっぽけな大きさだなって」
「何それ。詩人にでもなったつもり?」
「凡人よ。何の取り柄もない。いてもいなくても同じの、その他大勢のうちの一人。何かを思っても詩を詠む才能すらない」
ズズッとラーメンをすする。安物の粉っぽいにおいが口の中に広がった。初めて食べた時は茹でるだけでこんなに美味しい物が作れるなんてと感動したのに、当たり前の一つになってしまった味はこんなにも無味乾燥な物に落ちぶれてしまった。
「そういうの、子供の前では言わない方がいいよ」
「もうあなただって子供じゃないでしょ?」
「娘の前でって意味だよ。何歳になっても、お母さんはお母さんなんだから」
夏美は豆皿を持ってちゃぶ台に戻ってくる。くたびれた座布団にどっかり座り、湯気が立たなくなったどんぶりからズズッと麺をすすった。
「そういえば夏美、お母さんに何か話があったんじゃないの?」
「話?」
「二週間前、突然ここを訪ねてきたじゃない。ろくに連絡もよこさなかったような子が理由もなく訪ねてくるなんてことはないでしょう? 私が倒れて、結局話を聞けてなかったけど」
「なんでもお見通しなんだね」
「何年あなたのお母さんをやってると思ってるの?」
まぁ、と呟き、箸を置く。落ち着きなく膝をこすり、唇をなめてから、夏美は思い切った様子で打ち明けた。
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