晩年のアディショナルタイム

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「ねぇ、お母さん」 「なあに?」 「新しい家、まだ決めてなくて。今は家具付きのマンスリー借りて生活してるの」 「そうだったの。だったら早く決めないとね」 「それでさ……お母さんさえよければ、ここにいちゃ駄目かなって」 「このボロアパートに?」 「お母さんだって心配じゃない。病気で倒れるし、倒れた後もご飯をさぼろうして養生してないし。家賃も二人で割れば安くなるし、ちょうどいいんじゃないかなって思ったの」 「そうねぇ……」  そんな提案が来るなんて思ってもいなかった。夏美を将来を決めた相手に送り出した時点で、もう一緒に暮らすことは叶わないと諦めていた。母親として出来ることは何もないと、空っぽの寒さに震えながら。  夏美が四つん這いになって、ちゃぶ台の外を回って私の隣まで来る。正座して背筋を正し、真剣な顔で訴えた。 「新しい人を見つけるか一人で生きていくか、そのうちきちんと決めて出ていくから。ちょっとだけでいいの。一緒に暮らさせて」 「……また、あなたの母親になってもいいの?」 「私だって、たまにはただの娘に戻りたいよ。食べ方が汚いってガミガミ言われるのはごめんだけど」  そう言って不貞腐れた顔は、制服を着ていたあの頃と何も変わらない。懐かしさのあまり、思わずぷっと吹き出してしまった。 「全くもう、しょうがない子ね」  豆皿の薬を手に取り、麦茶で一気に飲み込む。両手を突き上げて伸びをし、夏美と私のどんぶりを台所にさげた。 「そういうことなら、あなたが使う部屋を片づけないと」 「ありがとう。くれぐれも無理はしないでよ。重い物は私が運ぶから」 「それじゃあいっぱい働いてもらおうかしら。晩ご飯はどうしよう? 何か食べたいのはある?」 「作ってくれるの? じゃあ、ハンバーグ。チーズ入りの奴」 「はいはい。たっぷりの特製デミグラスソースもつけてあげる」 「やった」  薬に頼った(いびつ)な形であろうと、私はまだ生きている。人生の延長戦として与えられた時間をどう過ごすか、ゆっくりと考えたって構いやしないだろう。こんな風に、私と夏美が居心地のいい母子に戻れるのも、今だけなのだろうから。
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