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「ママはい、プレゼント!」
ニコニコしながら箱を渡してくる息子の凛太。微笑ましい光景のはずなのに、最近の出来事から嫌な予感しかしないまま、恐る恐る蓋を開けた。
……嫌な予感は当たった。中から飛び出してくるセミ、カナブン、トンボ、カミキリムシ。底に転がっている芋虫毛虫。
「ギャーーーッ!!」
思わず叫んで箱を放り投げると、凛太はケタケタと笑い出した。
「やーい、ママの怖がり!」
そう言いながら箱を持って追いかけてくる。叱り付けたいが、虫と息子から逃げるので精一杯だ。
最近凛太は、こんな悪戯ばかり。
「こら凛太!」
夜、帰ってきた夫が怖い顔で凛太に説教を始める。
「最近どうしたんだ。ご飯は残すし、オモチャは散らかすし、幼稚園でも家でも悪戯ばかりじゃないか。なんでそんな悪い子になったんだ」
凛太は唇を噛んで俯いている。私は心配になった。凛太が悪戯ばかりするようになったのは、何か理由があるのではないかと。たとえば、お友達にいじめられているとか……。
「だって、悪い子になりたいんだもん」
その答えに、私も夫も呆気に取られた。
「な、なんで凛太は悪い子になりたいんだ?」
「だって、虫になりたいから」
悪い子になりたいの次は虫になりたい? 全くわからない。何を言ってるんだろう。
「どういうこと? 虫になりたいって……」
「だってじいちゃんが言ってたもん」
全く要領を得ない説明に、私と違って夫は何かを察したようだ。
「あぁ、もしかして悪いことをしたら虫に生まれ変わるとか言われたか?」
「そう! ぼく虫になりたいから! カッコいいカブトムシかクワガタムシがいーな!」
無邪気に語る息子に脱力した。たしかに、休みの日に義父に会ってから息子の悪戯は始まっていた。
「そうか。でもな、カブトムシやクワガタになれるとは限らない。蚊やゴキブリかもしれない。それに、虫って辛いぞ〜」
夫が凛太と視線を合わせる。
「まず、虫にはパパもママもいない。お腹が空いても誰もご飯をくれない。足が取れて痛い目に遭っても誰も助けてくれない。生まれた時からひとりぼっちで、小さな身体で危険な世界を生きていかなきゃいけないんだ。一生ひとりなんだぞ」
大好きな虫の話だからか、凛太は真剣に聞いていた。
「それから、虫は小さいから天敵がいっぱいいる。鳥、トカゲ、カエル、大きな虫、猫、蛇、タヌキ、それから人間。時には仲間ですら襲ってくるんだ」
熱く語る夫も昔は昆虫少年だったのだろうか。
「虫になったらもうアニメも見られないし、ケーキも食べられないしゲームもできない。お友達とも遊べないんだぞ! 夏も冬もエアコンもこたつもなしで外で暮らすんだ! それでもなりたいか!?」
凛太は勢いよく首を振った。
「そうだろう。そういうことができるのは人間だけだ。いいことをいっぱいすれば、来世も人間に生まれ変われるんだぞ!」
「ぼくやっぱり人間がいい! でも、悪いこといっぱいしちゃった……」
「大丈夫、今からでも間に合うぞ! でもギリギリだ! 危なかったな。これからはいいことだけいっぱいするんだぞ!」
「うん!」
深刻な理由がなかったことと、凛太がわかってくれたことに安堵する。
凛太を寝かしつけた後夫に聞いてみた。
「よく凛太の話わかったね」
「俺も昔親父には耳にタコができるほど言われてたからな〜。悪いことすると来世は虫になるぞって。だからピンと来たんだ」
「あなたも凛太みたいに虫になりたいって思ったりした?」
「いや、まず信じなかったからな」
「来世なんて嘘だろうって?」
「それもあるけど……なんか嫌じゃん。今いる虫が悪人の生まれ変わりだなんてさ」
「確かにそうかも」
「でも時々、凛太に言ったのとは逆で、虫になりてぇって思うことあるよ」
「えぇっなんで? 私嫌だよ」
「例えだよ。人間って色々悩むし苦しむし面倒くさいじゃん。そんな時に蝶々が飛んでるのを見て、蝶々になりたいなぁってならない?」
「確かに。にしても、来世かぁ……」
「ん、どうした?」
「思い出したことがあったの。私のOL時代の話なんだけど……」
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