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 此処は人と獣人が存在する世界。この世界には、先祖返りと呼ばれる人がいる。先祖返りは獣人同様、人間よりも遥かに身体能力が高い。といっても、獣人には劣ってしまう。そして最大の特徴は、満月の夜に半獣人化といって耳と尻尾が自分の意思に関係なく出てしまう所だ。先祖返りは希少故、人身売買が目的の盗賊や、愛玩目的の貴族に狙われやすい。その中でも、特に希少なのが遺伝子の関係で発現しにくい、三毛猫の雄だ。  リューイは、そんなレア中のレアともいえる、三毛猫の先祖返りだった。髪の色は全体が向日葵色だが、毛先は黒く、もみあげの部分だけは毛先が白と珍しい髪色の少年だった。故に、幼い頃から両親に先祖返りと言ってはならない、と言い聞かされ続けていた。だが、人の口に戸口は立てられない。何処から噂を聞きつけたのか、貴族がリューイを欲しいと訪ねてきた。十二歳の時のことだ。勿論、両親は反対した。大切な家族だからと、もう来ないでくれとまで言った。その日の晩、両親は貴族に雇われた盗賊によって殺されてしまった。  クローゼットの裏に作られた洞の中に隠され、リューイは母の云いつけ通り物音がしなくなるまで物音も立てず出なかった。シン、と静まり返ったのを確認し、クローゼットの裏から出ると、部屋の中は悲惨な光景となっていた。    クローゼットの中にあった服は投げ出され、ベッドも倒されていた。リビングに向かうと、食事の皿も床に落ち割れている始末だった。そして……そこには冷たく動かなくなった両親が倒れていた。  ふと、目を覚ます。仕事の休憩時間中、どうやら眠ってしまっていたようだ。 「くそ、嫌なこと思いだしちまった……」  五年前の過去の記憶。時折こうして思いだしてしまうリューイは、小さく舌打ちした。この夢を見たということは、そろそろこの街も出て行くべきだろう。今居る街、デルクトは賑やかな街だ。居心地が良かったが、あの悲惨な過去の夢を見たということは、獣人としての勘が警告を鳴らしているということだ。急いで街から出たいが、任された仕事だけは最後までやるのをモットーにしているリューイは最後まで日雇いの仕事をこなした。その頃には、既に夕方となっていた。  フードを被り、親方から給料を貰う。今日でこの街ともおさらばか、と思うと感慨深い。荷物の入った鞄を肩にかける。携帯食料や日持ちのするものを買ってから街を出ようと、親方と別れ街を歩きだしたその時、複数の男達に囲まれた。 「よう、坊主……漸く見つけたぜ」  下品な笑みを浮かべながら、男達は距離を詰めてくる。周りにいた人たちも、不審に思い視線を向けだす。 「チッ、運がないぜ……っ」  男達が一斉に跳びかかる瞬間、跳躍して近くの家の屋根に飛び移る。そのまま走り、屋根を伝って走り続けた。 「くそ、追え! 今度こそ逃がすな!」  男の怒声を背後に聞きながら、リューイは走った。捕まる気は毛頭ない。それに、この街は入り組んでいる所が多い。夜になり街灯で明るくなった大通りでも、逃げきれる自信があった。 (大通りに紛れちまうか……)  ぴょん、と軽々と屋根から飛び降り、人混みの多い賑やかな大通りに逃げ込む。 「いたぞ! こっちだ!」  今回はやけにしつこい。舌打ちをしながら走っていると、突然ガシリと腕を掴まれた。 「ッ!?」 「大人しくしろ」  男の声に即座に反応し、口を噤む。黒のマントに覆われ、黒一色の服装の男の背後に隠された。男は赤紫の髪を肩甲骨の辺りまで伸ばした、長身の体躯の良い男だった。「どこに行きやがった!」という怒声が聞こえたが、そのまま足音は走り去って行く。ホッと一息吐くリューイに、男は「無事か?」と声を掛けた。 「助かったよ。連中しつこくって……」 「……訳ありか」  マントから出てきたリューイのフードは外れ、向日葵色の猫耳が見えてしまっていた。「あ」と気付いた時には遅く、男に素早くフードを被せられ腕を引かれていた。 「ちょ、おい!」 「屋敷に来い。お前を保護する」 「ふざけんなよ、おいってば!」  リューイの言葉なぞ無視し、ズカズカと歩き出す。そんな男に腕を引かれながら、リューイはフードを押さえつつ引き摺られるしかなかった。
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