処方箋には夏フェスと

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 午前九時。満員だった電車を降りて改札を抜けると、茹だるような夏の太陽が私たちの肌をジリジリと焼いてくる。 「やばっ」  慌てて鞄から日傘を取り出して広げた。集団に混じりながら歩道を歩いていく。駅から歩いたところにシャトルバスが用意されている。それに乗って会場まで向かうのだ。 「まだ午前中でしょ? これ、午後になったらもっと暑くなるんじゃない?」  隣りを歩く千尋(ちひろ)がため息混じりにそう声を出した。 「今日は三十六度とか七度とか? それぐらい上がるってさ。やばいよね」 「うそー、それ聞いただけで汗が出てくる」  彼女は首にかけたタオルで汗を拭う。 「まあでもさ、これが夏フェスじゃん? 楽しんでいこうよ」 「そうだね。嫌なことも全部忘れてさ、声も枯れるぐらい叫んでさ」 「声は枯らしたくないけどね」 「あははは」  千尋とは高校からの友だち。大学も同じ学校へ通うぐらい私たちはずっと一緒だった。お互いに音楽好きで、ライブ好きで。好きなアーティストやバンドなんかも似ているから、学生時代は休みの度にライブに参加していたっけ。必死でバイトして貯めたお金はほとんどライブに使うぐらいに。  就職をしてからはさすがにそこまでのめり込むことはなくなったものの、たまに行くフェスはしっかりとチケットを取ったりして。    列が進み、シャトルバスがある広場が見えてきた。多くの人たちがそこへ向かう。  今日なに観る? とか、あのバンドだけは欠かせないだとか、グッズどうしよう、買う? いや、わたしはいいや、あ、でもタオルだけは欲しいかも、とか、そんな会話をしながら列を進んでいく。  まずはチケット交換。係員の人にチケットを渡すと、フェス用の手首に巻くリストバンドと交換してくれた。今年は緑色らしい。これを巻くといよいよフェスって感じがする。そのままバスの順番が来て私たちは乗り込んでいく。 「あー、涼しい」  窓際に座る私と隣りの千尋。そのときふと、そういえば去年は隣りにあいつがいたんだ、と思い出したくもないことが頭をよぎった。 「発車しまーす」  運転手さんの低い声と共にバスは動き出す。都会からはずいぶんと離れた場所。周りはなにもない工業地帯で、変わり映えのない風景が続く。
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